手前、生国はサウスカロライナ州ビューフォート

 実はまだ信じきれていなかった。怖いもの見たさでゆっくりと隣を見る。

 紅髪を逆立てた彼女は、大神が出て行った自動ドアの先をいつまでも睨み続けている。

 思い切って声をかけた。


「あ、えっと……礼子さ、」


「くおらパイパイスキー! オーダー品が上がったと何度言わせば……あ」


 七花は厨房からお玉片手に怒鳴りつけてきたと思いきや、変貌を遂げた五軒邸を目にするや否や、素早く彼女の足元に肩ひざをつけて屈み、右手の平を見せるようにビシッと突き出してこう言った。


「手前、生国はサウスカロライナ州ビューフォート。ハーバー川で産湯を使いパリスアイランドの片田舎で育ち、恩義お返しの間もなく親元離れ縁あって流れ着いたこの地で学業を生業とする、性は七花、名は七夏と発します。ご挨拶が遅れましたこと、致した数々のご無礼には汗顔至極、お天道様に顔向けできぬはねっ返りのする事とお笑い下さればこの上ない幸せ。あ、これにてひとつ五軒邸親分さんにはお見知りおかれまして、よろしくお頼み申し上げるでござんす」


 誰この人。


「親分はやめえナナの字、ワシそんな堅っ苦しいの嫌いなんや」


 と五軒邸にそう言われた七花は、ガバッと顔を上げ、彼女の胸にバッと飛びつき、


「ご無沙汰しとりやす姉御ー!」


 そんな暑苦しい態度にも五軒邸は嫌な顔ひとつせず七花の頭をなで、


「相変わらずめんこいやっちゃのう、元気しとったんか?」


「ふひひ、ミーはこの通り、毎日元気有り余っているでありんす。して、この腐ったならず者と一緒になにをしておいでで?」


「ああ、さっき大神のやつが来とってのう、姫公の顔面に根性焼き入れようとしとったから、キャンコラ言わしたったんや。ほんでもワシが来たときには、すでに手のほうやられとってのう、どら姫公、右手見せてみい」


「え……あ、いや、大したことないですよ」


「いやー毎度のことながら姉ぇの行動には感服させられっぱなしですわ~、てナニィ!」


 と七花が五軒邸から飛び降り、俺の右手を強引に奪って、ただれた傷口を睨み、


「誰にやられた?」


「え? いや、さっき礼子さんが大神って、」


「Be there !」


 七花は受付の棚から救急箱を取り出し、俺の右手に火傷の薬を塗って包帯を巻きつける。あまりの手際の良さに少しだけドキッとしてしまう。


「あ、ありがとう」


 七花はそれには応えずプルプルと震えながら、


「姉ぇ、あの三下ワイの舎弟に上等切って……せ、せ、戦争じゃああああッ! 姫公、弾薬庫からSMAWとイースターエッグ片っ端から持ってきさらせー!」


 弾薬庫? まだ見てないけどほんまにありそうで怖い。


「ナナ、そういきり立つなって」


「舎弟がこがいな目におーとるのに黙っておらいでかー! こうなりゃ刺し違えてでもワイが鉄砲玉に――」


「ホの字の弟分にちょっかいかけられたんは察すけど、今度ワシの前に現れたらキッチリ方つけたるさけ、身から出た錆とはいえ今回のところはこれで刀収めたってくれ」


 なぜか七花が真っ赤になり、


「ワワワワイはただこの腐った弟分がやられた落とし前を取ろうとしてるだけで、ホホホの字でもなんでも、」


「先輩、ほのじってなんスか?」


「そそそんなん知らんでええわい! ワレがもっとパリッと男見せとったらこんなことにならんかったんやろが!」


 五軒邸がそんなやり取りを見ながら割って入り、


「姫公、すまなんだな。アイツがああなってしもたんも、ほったらかしにしっとたワシの落ち度や。近いうちにケジメ取ろうおもとるから、今回はワシに免じて堪忍しといてくれ。手、ほんま大丈夫か?」


「はい。あの……ほんとに礼子さん、ですよね?」


 すると五軒邸はカカカと笑い、


「おうそういや姫公はコッチの礼子とは初めて会うんやったのう。コッチはあんま出張ってくることはないけど、アッチの礼子共々よろしく頼んます」


 と言って仁義を切った七花と同じような仕草で頭を下げる。

 どうしていいのかわからない。というかアッチとかコッチとかまるで意味がわからなかった。

 そうしていると七花が俺の頭を叩き、


「オドレのために姉ぇが頭下げとんのちゃうんかい!」


「イテテ……てかあんたキャラ変わりすぎだろ! なんでそんな言葉知ってんだよ、ほんとにアメリカにいたのかよ……あ、あの、礼子さん」


「アン?」


 五軒邸は矛を収めろとは言ってきたけれど、もはや俺の中で、あいつは無視できない存在になってしまった。五軒邸のことも気になるが、先に大神について知りたかった。

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