新人にそんな悩みうちあけんといてくれますかね!

「あの、ほんとにこれを着て接客するんですか?」


 ロッカーに案内されて手渡された制服はこんな感じだった。


 白のカッターシャツに黒のスラックスとカマーベスト、それに蝶ネクタイ。


 カラオケ屋らしいフランクな制服をイメージしていたのだが、だいぶ想像と違っていた。これで接客しろと言われれば、バイトの身である以上、嫌でもこれを着て接客しなければならないが、ものすごい違和感を覚える。


「アハハハ。君は本当に正直者だね」


 店長は俺の考えを察したかのように笑うと、なぜか一転して虚ろげに目を細め、


「実を言うと、もはやこの業界は、ブームが過ぎ、今や大手すら閉店を余儀なくされる時代へと突入したんだ」


 質問とはまったく関係のない話が返ってきた。初日からそんなディープな話なんてごめんだ。俺は話題を180度変えるべく、


「いやしかしこの蝶ネクタイ洒落とりますなー店長。なんかジェームズボンドにでもなった、」


「もう何をしても無駄な足掻きなのさ!」


「新人にそんな悩みうちあけんといてくれますかね!」


 店長はロッカーにそっと手をつき、シリアスな表情で言葉を繋げ、


「僕ぁねえ、この数年間、それはもう色んなことを試したんだ。広告宣伝費を削られ無理な前年比越えの数値目標を組まされ、ハイクオリティ且つコンシェルジュのような接客を求める中で人件費を削るという矛盾にも耐えてきた。泥仕合ともいえる競合店とのディスカウント合戦は熾烈を極め、気がつけば我々零細店舗に来る限られた客の奪い合いと化してしまったハハハ……笑えるだろ?」


 どこで笑えと言うのですか。


「日々の営業の中で、前年比の数値を分析して費用対効果の良いイベントを考え、そんなことをずっと繰り返してきた。けれど、どれも効果はなかった。それなのに何度訴えても本社には理解してもらえない。どうして売上が下がったのか? どうして上がらないのか? 表面上だけの数字を拾って責めたて、罪のなすりつけ合いの犯人捜しで悪戯に時間を浪費するだけ。責任者たちを前に進ませるどころか戦意を喪失させ、悪化の一途を辿らせてしまうだけのくだらない会議なんかいい加減ウンザリだ! 正直全て投げ出したいくらいだよ!」


 まるでドラマのワンシーンでも撮影しているかのような彼の卓越した台詞回しに俺の思考回路は完全に停止した。


「……でもそうしなかった」


「え?」


「これまでやってきたという、プライドがそうさせなかったのさ」


 彼の瞳にふたたび生気が宿りはじめる。


「深淵の闇が永遠のように続く夜の後に、天照す太陽輝く朝が訪れる。どんな暗闇も永遠に続くことはけしてない。だから僕は、共に旅する仲間たちを導くためにどんな辛いことでも耐え、諦めず、最後の最後まで抗い足掻き続け、そしていつかやってくる希望に満ちた黄金の朝焼けを、信頼にたる仲間たちと共にこの目に焼きつけてみせる。と、僕が僕自身のためにそう誓ったのだよ。そう、まるで物語の主人公のようにね」


 ――黄金の朝焼け。


 渡された制服をまじまじと見つめ、


「こ、この服にそんな深い意味が込められていたなんて……お見逸れしました先生! 俺これ着てマジ接客するッス! コスプレでもなんでもこいって感じッス! 俺、店長様に一生ついて――、」


「あ、ソレ? それは単なる僕の趣味だよ。さっきの話となんの関係があるかって? はてなんでだろう。しかしなんでまた僕ぁはそんな話したんだろうね。時々自分が誰だか分からなくなることがあるよハハハ。ってアレ? みかどくん話聞いてる? みかどくん、ねえ――」


 派手にズッコケてしまった。イケメンはみんなこうなのだろうか。


「とにかく、これから頼むよ」

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