第三章 ゆかいな旅の仲間たち

黄色の女神登場!

 次の日。

 歌の国アルヴヘイムの玄関前に立つこと10分。


 バイト初日から遅刻したらバカなので早目に家を出たから開始までにまだ20分はある。のだが、どうもここから先に進めなかった。なにせ今日が初日だ。緊張するに決まっている。先ほどから、親父が教えてくれたまじないを馬鹿正直に何十回と試しているがまったくきこうとしない。覚えた時間を返せと言いたかった。

 そこで、


「きいいいいいいいいいいん」


 と自動ドアの向こう側からそんな声が聞こえた。


「な、なんだ?」


 最初は微かだったものが近づくにつれだんだんと大きくなっていく。


「な、なんか嫌な予感がする。やっぱ今日のところは帰ろう」


 とそこで扉が開き、


「うわ危なあああああいッッ!」


「それこっちセリフじゃぶわはっ」


 いきなり全身黄色の何者かに突進され、雪崩のように軒先の路面に崩れ落ちる。


「いてて、腰が……まだ仕事もしてないってのに一体なんなんだ」


 目を開けると、胸元にカナリアイエローのド派手な色をした長い髪があった。


「く、俺をクッションがわりにしやがって……ん?」


『ぽみゅ』


「な、なんだ……ッ、この右手に伝わる好感触とこの効果音は!」


 気になった。俺は確かめるためにもう一度それを揉んでみた。


『ぽみゅぽみゅ』


 遥か昔に体感したことのあるこの感触。ずっと触っていたい気分だ。いかん、これは早急に再調査せねばならん。

 と、さらに揉みしだいてみる。


『ぽみゅぽみゅぽみゅぽみゅぽみょ』


 そこで俺の胸にうずくまっている何者かが揺れ動いた、と思ったら、そのままガバッと勢いよく上半身を上げた。


 女だった。


 ふわふわのパーマがかった長い黄髪。顔は俺好みのカワイイ系。まだ春先だというのに髪の色と同じ俺好みの短いヘソ出しTシャツで、胸ははちきれんばかりの俺好みの巨乳で、下はデニム生地のホットパンツで惜しげもなく俺好みの生足をさらしている。


 すると彼女がメリハリのきいた動作でバッと俺に手を差し伸べ、


「1000円ちょうだいッ」


「は?」


 意味が分からなかった。

 彼女は髪の色に負けないくらいの元気な顔でニコっと笑い、


「モミ代だよモミ代ッ! いっぱい揉んだから1000円ちょうだいパイパイスキーッ」


 モミ放題1000円て安。追加料金払うとどうなるのか。


 呆気にとられながらそんなことを考えていると、今度はそいつの後ろから地響きのような音と共に、迷彩柄のメイド服を着た昨日の女が、ただならぬオーラをまといながらゆっくりと姿を現した。


「昼間っから人目気にせずアバンチュールとはいい度胸だな。このヘンタイでゅふふこぽー」


「ち、違う。これは事故だ。てかなんでお前が怒る。関係ないだろ」


 すると俺に乗っかっていたパイデカ女がガバッと立ち上がり、いきなりメイドチビに抱きつき、


「ひょっとしてこの少年はナナっちの彼氏ッ? それならきいろの友達同然、値引きしてモミ代500円にしてあげるよッ!」


 500円安!


「誰がこんな腐ったゾンビ面した間抜け野郎がミーの恋人かー! お前の目はボーフラでも湧いてんのか――って離せこのバカおんなー」


「腐ったゾンビ面……ク、相変わらず好き放題たれやがって……」


 姦しく抱き合っている二人の前に店長が現れ、


「やあ、みかどくん。待ってたよ」


 すると、元気ハツラツパイデカ女がチビから離れ、


「てんちょーこのパイモミスキー少年はどこの誰なのか可及的速やかに紹介してパイスキー」


「初対面の俺にヘンなあだ名付けんな!」


 これから華々しいデビューを飾ろうとしているのに台無しになるではないかパイパイスキー。


「おっとごめん、紹介するよ。彼は、今日からバイトすることになった姫騎士みかどくん」


 俺はいきなり紹介されたので、ぎこちない挨拶をして頭を下げる。


「で、彼女は染屋そまりやきいろくん。君と同い年で早番専属の子だよ。バイトをいくつも掛け持ってる元気な頑張りやさんなんだ」


 同い年でバイト掛け持ち? てことは学校行ってないのか。


 すると染屋が殊更にパイを揺らして敬礼し、


「オッス、オラ染屋きいろッ! オイラは超絶マジレベルでアイドルを目指してる15歳フリーターでござるッ。きいろでもイエローでもなんでも好きなように呼んでくれたまえッ。これからヨロシクサンカクまたきてシカク。でもハレンチ行為は毎回はダメだぞパイモミスキスキドエロスキーッ。んちゃッ」


 名前と同じ黄色い髪を揺らしながら俺の手を強引に握ってぶんぶんと振り回す。


 ちょっと暴走気味なヤツだが、晴れ渡る太陽のようなその髪と笑顔は、そばにいるだけで元気にりそうであった。しかも顔もスタイルもパイも俺好み。さっきの感触がまだ残っている。


「へえ、アイドル目指してるからフリーターやってるんだ。すご」


「ほんとだけど違うよッ。ただの貧乏なんだよーッ!」


「案ずるな、こいつはバカなのだ」


 とメイドチビが俺を見上げてそう言って、染屋が「だから恵んで恵んでお金ちょうだい」と握った手をさらにぶんぶんと振り回す。


 それにしてもまだチェリーなのにAはおろかBまで一気に登りつめてしまった。ひょっとして俺のバラ色の人生はそこまで来ているのではないだろうか。


 すると店長が「改めて紹介するよ」と言い、


「この子は君と同じ学校に通う高校二年の七花ななはな七夏ななつく――」


「い、い、いっこ上ええええええッ!?」


 我ながら雲も突き破るような絶叫が店外に轟かせてしまった。するとメイドチビが、ふてくされた園児のような憎たらしい顔で、


「are you bitching me? ……プッ」


 と悪態をつき、MLB選手バリにツバを吐くフリをする。


 最悪だ。こんなにちっちゃいくせに同じ学校の先輩でしかもバイトの先輩って最悪すぎる。


 そこで染屋が割って入り、


「ねえねえナナっち、彼氏のあだ名をパイパイスキーかハレンチ少年ボーイにしようかと思うんだけど、どっちがいいッ?」


「どこでその話しにつながるんだよ! 普通に姫騎士でいいだろ」


 それを聞いた七花が耳に残るへんなアニメ声で染屋に、


「しつこいぞバカ染屋。こんな腐りかけの野良犬みたいなやつがミーの彼氏なわけないだろ。次言ったらそのうんこ色した髪の毛を毛根から引っこ抜いて丸ハゲにしてやる」


「どう見たら腐りかけの野良犬みたいに見えるか教えてもらえませんかね!」


「じゃあ、腐りかけのパイパイスキーでどうだ?」


「さんせーッ!」


「姫騎士でいい、つってんだろ! 店長、いい加減この二人止めてくださいよ」 


 そこで水を向けられた店長が、お気に入りの生徒を自慢する担任のような表情でこう言った。


「彼女たちはねぇ、あだ名を付ける天才なんだ」


「適当に付けてるだけでしょうが!」


 すると笑うことに飽きた七花が、さも鬱陶しげな顔で染屋を見ながら、


「おいクソ染屋、お前遅刻するんじゃなかったのかー?」


 それを聞いた染屋の顔が一瞬にして青くなり、


「わわーッウッカリ八兵衛やらかしちゃったてえへんだてえへんだオイラ遅刻しちゃうよーッ。じゃっ、行ってくるねモム蔵ッ!」


「直球すぎだろそのあだ名も! そんなに俺をヘンタイにしたいんか!」


 そして駐輪場に向かって走りだしたかと思いきや、ピタっと立ち止まって振り返り、


「教えてくれてありがとねーッ。ナガオークカミソー・ド・チビヨウジョイッショウマナイータ・ヴァカアフォマーヌケ・ヒッキーダリニート・ウーンコヴィチヴィッチー・トウルメチャメガスキー・チョチョゲリスいっ……いや、二世ーッ。パイパイキーーン」


 そう言って染屋は名前と同じ色した自転車にまたがり、次のバイト先へとペダルを踏む。すると隣にいた七花が背中からショットガンを引っ張り出してきてフォアエンドをスライドさせ、


「誰がチョチョゲリス二世じゃぶっ殺すぞー!」


と自転車で走り去っていく染屋の背中にむけてぶっ放しながら追いかける。店長が彼女たちの姿を遠い目で眺めながらこんなことをつぶやいた。


「元気でおもしろい子たちと思わないかい? 僕ぁねえ、彼女たちを見てるだけで毎日癒されるんだ」


「エエッ? あ、はぁ……」


 絶対にずれている。あんなやつらが家にでもいたら癒されるどころかおちおち寝むれもしない。しかしなんで俺の周りにはヘンな女が多いのだろう。

 そこで店長に、七花が戻る前に制服に着替えておこうと言われ、受付を右に曲がったところにあるスタッフルームに案内された。

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