僕のカンがそう告げているんだ

「君がここで働く代わりにこの画像を消去する。交換条件ということでどうだろうか」


「アンフェアですよね、それ……」


 しかし、よく考えてみれば、この画像が何かの間違いであの憎くきライバルA子の手に渡ってみろ、俺の青春は完全に幕を閉じる。あの女のことだ、学校のサーバーなどお茶の子さいさいでハッキングするに決まっている。二年前のあの忌まわしきバレンタインだけは二度と繰り返してはならない。


 背に腹はかえられぬ、か……いや待て。ひとつ、腑に落ちないことがある。


「なんで俺なんですか?」


 そうだ。即戦力にもならないこの俺をそこまでして採用することに何のメリットがある。小さくて分かりづらかったけれど、紛いなりにも求人広告を出していたではないか。俺の代わりなどいくらでもいるはずだ。


「他に面接した人にすりゃいいじゃないですか」


「じ、実は、面接に来たのは君だけなんだ」


「あんだけちっちゃかったら誰も電話せんわ! て、電話した俺っていったい……」


「あはは」


 そうか分かったぞ、素人の俺を雇いたい理由は、次の募集までの繋ぎだ。即戦力が入ってきた時点で未経験者の俺はお役ごめん、という仕組みなのだ。


 怒りが燻りはじめる。


 店側の考え方として、即戦力になる従業員を重宝するのは当然のことだが、雇用される側にそれを悟られてしまっては終わりだ。

 知らなければこんな気持ちになることもなかった。店の都合で使い捨てのチリ紙程度に扱われるなんてまっぴらごめんだ。そっちがその気なら、このまま押し切ってその決断をウヤムヤに終わらせてやる。


「人数合わせの補充、てことですよね? いずれ切られるんなら俺がここで働く意味なんてないじゃないですか」


「人がいないのは確かだが、君を雇う理由はそれじゃないよ」


「だったら、なんですか」


 店長は自信に満ちた目でこう言った。


「僕のカンがそう告げているんだ。君と一緒に働きたいってね」


 ――ッ!


 君と一緒に働きたい。

 そのたった一言が、俺の琴線に触れた。


 そう感じてしまったが最後、これまで彼が発した軽はずみの言動も、面接ではまったく意味を感じられなかった質問も、意味の通うものだったとさえ思えてくる。


「俺……接客なんてしたことないですよ?」


 店長が笑いながらこう返す。


「人には添うてみよ。先哲たちの教えはいつも僕らを導いてくれる。違うかい?」


 閉ざされかけていた異世界バイトの扉が、再び音を立てて開かれようとしている。


「そもそもバイトなんてはじめてだし、失敗とかいっぱいするかも……いや、します」


「ハハハ、誰だって免許取立ての頃は車をぶつけるものだよ」


「うッ……そ、それと俺、人見知りです……多分、めっちゃ」


 彼が俺の自信のなさを補おうと懸命に言葉を繋いでくる。そのひとつひとつが、俺に深い安心を与えてくれた。


 この人となら上手くやっていける気がする。


 会話を重ねる度にその思いが確固たるものになる。


「フフ、君って案外しつこいんだね。少し安心したよ。……あ、それはそうと姫騎士くん、そろそろ僕の親指が勝手にタップダンスを踊ろうとしてるのだけど、止めなくてもいいのかい?」


 と思わせぶりな態度でスマホをチラつかせてくる。


「うう……わかりました」


 とうとう言ってしまった。これでもう後戻りはできない。


「ありがとう。では、改めてみかどくん、これからよろしく頼むよ」


 店長はそう言って、古くからの朋友でも迎え入れるかのような笑顔で右手を差し伸べてくる。俺はそれに応えるように、ズボンの後ろで右手を拭い、その手を強く握り返した。

 

 それにしても、求人出して引っ掛かったの俺だけか……まさかブラックバイトってことはないよな? って今更考えても遅いか。とにかくやってみてから判断することにしよう。とその前に、これだけは彼に言っておかなくてはならない。これからこの店で色々迷惑掛けることになるだろうし、それに何よりも、この人とは長い付き合いになりそうな予感がする。


「こちらこそ、よろしくお願いします」

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