店長。ミーはこんなうらなりびょうたんとトゥギャリたくないです
「あの、すみません。まだ面接の途中だったんですけど……やっぱ俺には向いてないと思うんで、これで失礼させてもらいます」
店長と目を合わせないままそう言って、背を向ける。
これが最後ならもっと気の利いた言葉で幕を引けたのではないのだろうか。いや、いまさら何を後悔することがある。もう終わったことなのだ。
スリッパを脱ぎ、靴に履き替え壊れかけの扉に手を掛けた。とそこで、
「待ちたまえ、姫騎士くん」
呼び止められる。
ドアノブを掴みかけてた手を握り締め、ふてぶてしい態度で肩越しに振り返る。
――これ以上、一体なんの用があるというのか。
そして彼はある決断を口にした。
「君を採用しようと思うんだ」
「はあッ?」
冗談にもほどがあった。質疑応答なんてメチャクチャだったし、俺の何を理解して雇用しようと決めたのか。
言葉の真相を確かめるように彼を見定める。穏やかな表情はそのままだが、目は至って真剣で、
しかし、だからなんだというのだ。
目が真剣そのものってだけで俺を雇い入れる理由にはならない。というか、辞退すると言った俺の意思は尊重されないのか。
壊れた扉の隙間からBGMが流れ込んでいる。ホールのようなつくりのせいか、閑散とした店内を賑やかに演出しようと誰かが歌っているようにも聞こえた。
初対面にも関わらず敵意剥き出しの女と、店のことをほったらかしでバイトと一緒にサバゲーやってる店長の下で誰が働くというのだ。どう考えてもありえない。
ぶっちゃけ、一緒になって遊んでテキトーに働いて給料をもらいたいという気持ちはないこともない。失った青春を取り戻すべくバラ色の人生を手にするという夢もまた俺の原動力だ。けどそれだけに傾倒してしまえば、本来の目的を完全に見失ってしまう気がする。
店長は俺の気も知らず、まるで役場の職員かのごとく粛々とバイト手続きの話をはじめた。
「そうと決まればさっそく明日から来てくれるかな? いやぁほんと助かるよ。ちなみに服のサイズはLで――」
こんなの、納得いかぬまま志望校を決めさせられるようなものではないか。
「ちょっと待ってくださいよ。俺の何を理解して雇うっ決めたんですか? それにこっちも選ぶ権利というか……その……」
言ってるうちに気まずさが増し、尻切れとんぼになってしまう。従業員でもないのにこれ以上は口がすぎる。どんな理由があるにせよ、店のトップに物申すべきではない。
立場をわきまえねば、と上目遣いで店長の様子を窺う。
するとどうしたことか、彼はなぜか先ほどよりもニッコリとした表情で、胸の辺りからスマホを取り出し、名前と同じ銀色に塗りたくられた端末画面を俺に見せてきた。
――ッ!?
そこに映っていたものは、先ほどこのチビ助と交わした忌わしきキスシーンであった。鮮明に、それも多分最高画質の画像が動かぬ証拠としてバッチリと収められている。
彼は慣れた手つきで画面をタッチし、二枚、三枚、四枚と、様々な角度からのミラクルショットを俺に見せつける。
「フフフ……」
店長の顔つきが一変した。まるでずる賢い犯罪者のように、口を斜めに吊り上げニヒルな笑みを浮べている。
「タップひとつでこの画像が世界中の共有物に早代わり、か。世の中便利になったものだよ。そう思わないかい? 姫騎士みかどくん」
硬直していたあの隙に画像に収められていたとは露にも思わなかった。手ブレもなし、赤目効果もなし、角度バッチリ、背景バッチリ、画質その他特に問題なし。神すぎるその写真技術に思わず「プロかあんた」とツッコミそうになるのをグッと堪える。
「君は夢高出身だよね。例えばこの画像をそちらの校長さん宛にメールする。するとどうなるかな? 公務の合間を縫ってつぶさに蓄えたお宝映像と同じように極秘フォルダの中に保存する? 僕はそうならないと思うのだけど……君はどう思う?」
生徒の行動に寛容な学園でも風紀を乱すような行為、即ち、
「お、俺を、脅す気ですか」
「脅しているつもりはない。けど、君がそう感じてしまうならそうなのかもしれないね」
彼はしれっと冷たくそう言った。そこで一連の流れを見届けていた彼女が、あからさまに嫌そうな顔で口を挟み、
「店長、ミーはこんなうらなりびょうたんとトゥギャリたくないです」
「誰がうらなりびょうたんやねん、それはこっちのセリフだ!」
「what the fuck !?」
瞬間湯沸かし器女の安い挑発に乗ってしまい、再び一触即発の状態と相成るが、ここで都合よく呼び出しコールが鳴った。音の発生元はもちろん受付からで、彼女は「チッ、おじい共から呼び出しだ。おいお前、勝負はお預けだ、逃げるなよ」と言って受付に戻っていった。
部屋の中が一気に静まりかえる。そこで店長が、
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