リア充の妨げになっている元凶その1

「きいおおおつけえええええええいッ!」


 女性とは思えぬ声で号令が叫ばれる。その声は、俺の鼓膜を劈くどころか屋内の物という物に共鳴し、外の電線に止まっていた鳥たちもが一斉に逃げ去っていくという不測の事態までもたらしていた。


 彼女は、一部の性格を除けば最高の姉。夢咲学園高等部二年。姫騎士ひめぎし美夜びやのご帰還である。


「……たく、いきなり叫びやがって。あのなー、弟に気をつけとかそーいうのいい加減に、」


「休め!」


「クッ、とっくに休んどるわ! て人の話聞けよ!」


「随分と早い帰還であるな、みかど。おかえり」


「ただいまだろ!」


 この少しへんは姉は、国色天香と言っても過言ではない美貌とスタイルを兼ね備え、博識多才に文武兼備といった、何でもこなせるスーパー女子高生である。学校帰りなので服は、濃紺色のブレザーに紫のタイ。下は鼠色のチェック柄プリーツに黒のハイソックス。中高同じ制服で、学年はタイの色で識別される。ちなみに俺の学年は緑で妹は青。

 美夜は自慢ともいえる長い黒髪を片手で払い、


「時にみかど、上官が帰還した折りには、立てつつの姿勢からすみやかに銃を手前に上げ捧げ銃。と指南したはずだが、いかに?」


「ここはどっかの駐屯地か! てかどこにそんな銃があんだよ」


「ふむ。誕生日に買ってやった三八式歩兵銃があるだろう」


「あんなガラクタ押入れの中ですけど」


 美夜は竹を割ったような清々しい声で笑い、


「みかど、銃をぞんざいに扱っていると、いざ敵の脳漿をぶち抜かんとする時に当たるものも当たらんぞ。ふむ、そうだな、無事進級式を終え二等兵となったお祝いに、銃の精密分解を指南してやろう。では手始めに、銃の基本操作並びに各部位の名称の復習から入るとする。いいかよく聞くけ。銃はナマモノと同じで日ごとに劣化していくもの。正鵠を射貫くためには日頃の手入れが、いかに――……


 とりわけこの女の恐ろしいところは、ウチだけにとどまらず学校や近隣地域にまで自分の趣味軍ヲタ、思想を押し付け影響下においてるところであり、いつ頃その趣味に目覚めたのかは思い出せないが、高等部に上がると同時に学園側に軍部(部活)設立を要請し、女子を中心とした私設軍隊を作り上げ、地元では美人だけど恐ろしくてヘンな子として有名であった。こんな残念すぎる姉で恥ずかしい限りだが、通り過ぎると誰もが羨望の眼差しで振り返る自慢の姉でもあった。


 ……――かど。みかど。ちゃんと聞いているのか?」


「あ、ああ、聞いてる聞いてる。ちゃんと聞いてるぞ、覚える気ゼロだがな」


 美夜はそう言って短くため息をつくと、俺の手にカップ麺があることに今さら気づき、


「むむ、もしやその左手に持つは我が大日本帝国の勃興期に開発され、世界諸国にモノ作り日本の二つ名を轟かせるに至った公正競争規約上正式名称「即席カップめん」ではないか!」


「長いっ! いらんからそんなくだり」


「ふむ、シーフード味、か。なぜ醤油味にしなかったのかという野暮は問わぬ。して、その状況を鑑みるに規定時刻は達したと推定するが、いかに?」


「ああ、今どうするか考えていたところだ。けどもう無理だろうな、姉貴と話してたらなんやかんやで10分以上は経過して――っておいいい」


 美夜は、止めるのも聞かず俺からカップ麺をかすめ取り、


「軍法第八十八条に、敵兵と遭遇したならば如何なる武力をもって是れを殲滅せよ、とある」


「はい始まりましたでっちあげ軍法。なんでこんなところで出てくるか意味分らんし」


「ふむ。とどのつまり、戦時下において敵兵殺傷の判断を見誤うと全滅を意味する、ということだ。この即席カップめんをたとえに隠喩してみたのだが……伝わらぬか?」


「食い時逃すと伸びて食えんくなるから躊躇せずにサッサと食っちまえってことが言いたいのですね、あーそうですか、て全然伝わらんわ! くだらんボケが異次元すぎて一介の芸人連中でもツッコミに窮するわ」


 そう言って姉の暴走を止めようとカップ麺に手を伸ばすが、いつの間にか箸を持っていた手で軽くいなされ、


「よもや貴官がこんな腑抜けの牙なし兵士に育っていようとは。小官の指南もまだまだ小手先と言わざるを――ハッ! まさかGHQ占領政策が堅固たるこの姫騎士家にも爪跡を……ッ? おおおおおのれえ、許さんぞ鬼畜米帝!」


 なぜか憂いの矛先が戦後一番と言っていいほど仲良しな国に変わり、ひとりよがりの妄想に俺を巻き込んでいく。


「目覚めよ、帝国軍人の息子にして我が愛しき弟みかどよ! そして、思い出すがいい。食うか食われるかの狭間で列強共にも怖じることなく互角に覇権を奪い合ったあの日々を! このカップ麺を奪い取った私を憎き米兵とみたて、弱肉強食の信念をもう一度その身に刻め! ハッハッハッ大日本帝国万歳。ズルズルズルズル――」


 勢いよく麺をかきこむ、かきこむ、かいこむ、ちょっとむせたがかきこんだ、と思いきや、


「ブウウウウウウウウウウウウウッ!」


 と、口から水を発射する鉄砲魚のように麺と汁を俺に向かってぶちまける。


「ぐあああ何で俺の顔にうあああ目と口に入っオオエッ」


 美夜の口からリバースされたソレは、名状し難き何かの汁となってデバフ効果を発揮、俺のステータスに盲目表示がなされた。


 目を開けようと試みたが沁みたので、このターンは目をつむったままティッシュを探すことに専念。美夜はむせながらこう言った。


「コホ、コホ……や、休め。この不味さいかに? ハッ、まさか謀反!? 軍法第二十九条敵国を利する反乱罪。この謂れを知っての狼藉かあ! コホ、コホ、おえ」


 再度俺のターン。何とか探しあてたティッシュで顔全体を拭き取りバステを回復。


「勝手に食べたんお前やろ! あー、制服ぐっちゃぐちゃじゃねーか、どーすんだこれ、謝れ!」


 美夜のターン。口の回りに付着した汁を俺から奪ったティッシュで拭き取る。そして、出来の悪い兵士を戒める上官のような態度で偉そうにこう言ってきた。


「累が及んだ如きで挙措を失うとは軟弱この上ない。貴官はそれでも誉れ高き帝国軍人の子か!」


「勝手に軍人にすんな!」


「これも全て度し難き弟を慮るが故のこと。咀嚼し清らかな聖水と変化させそれをブチ撒けてやったのだ。すべからく私に感謝すべきだと思うが、いかに」


 両親がいない今、姫騎士家の安寧を保つ役割を担うのは長女であるこの姉に他ならない。

 それがどうだこの有様は。

 周りの状況を完全無視して前線に立ち、突砂無双を平気でぶちかましてくるような厚顔無恥っぷり。いつかの優しかっただけの姉はどこへいってしまったのだろうか。


 とはいえ、こいつだけならまだ俺の白鳥座V1489星のような心でなんとか凌げるのだが、俺にはまだもうひとり血を分けた兄弟がいる。そう下の妹は――


 ガチャリ。

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