伝説のシュヴァリエ ~脇役騎士はバラ色人生の夢をみる~
ユメしばい
第一章 歌の国アルヴヘイム
人生バラ色化計画
桜舞い散る景色のなかで終わった夢咲学園高等部の進級式。
この学校は、自宅から1キロもない距離にある中高一貫制の、どこにである普通の公立学校で、魔法や召喚術を心の底から願っていてもけして学ぶことのできないフツーの学校であり、俺たち兄弟が6年間通いつづけなければならない非異世界で現実世界の学舎だ。
進級式と新しい教室とホームルームが終わり、ひとり寂しく校門を出て、時間にして約10分程度の道のりをのんびりと歩く。
ちなみに兄弟といっても俺以外は女で、獣耳やエルフでもないその女どもと現在三人だけで暮らしている。当然のことがら魔王ではない両親はどうしたのかというと、転勤でこの春から眠らない街東京で仮住まいをスタートさせていた。
どこにでもある事情を抱えた一般的な家庭に、俺はいささかの不安も抱いていない。
そしてこの俺はというと、片方の目に違う色をもった勇者でもない。
「ただいまー」
誰もいない家にそう言って靴を脱ぎ、食卓のあるリビングに入って、鞄をソファに預けざまからの、冷蔵庫の中からキンキンに冷えた麦茶を取り出し、コップになみなみと注いで一気にあおる。
「カーッうめ。人生このために生きてるよなあ。麦茶最高! 友達いなくても最高!」
言ってて悲しくなるがこれが現実だった。今はVRMMOだかのネトゲフレンドで十分なのだ。
濡れた口元を豪快に拭いながら食器棚の下を漁り、昼食用に取り置きしていたシーフード味のカップ麺を取り出してポットのお湯を注いだ。
食卓テーブルに腰を落ち着かせ、長い中学生活を終えた達成感を噛み締めながら、規定の3分を待つことにした。
「はー、思い返せばこの二年間、本当に長かったな」
俺には、ある事件のおかげで女子からも男子からも忌み嫌われ、非リアの仲間入りを果たすことになってしまった過去がある。これから始動させる計画の発端となってくれたのは結果オーライであるが、あれは本当に悲惨な出来事であった。
某お菓子会社の戦略で記念日となった二年前のあの日の午後、夢咲学園中等部二年角刈りニキビ面でホモ疑惑のある阿部宗則先輩から、件のチョコを強引に渡されたのだ。
『ねえ
半ば強制的に渡されたそのチョコは、包装紙ではなく無造作に新聞紙で包まれており、ピンクや茶色のリボンといったてらいなど皆無の正真正銘の男チョコだった。俺は思わず目の前の角刈りニキビ面に向かって「こんなん食えるかい!」と言いそうになるがあえて口をつぐんだ。なぜならこの先輩、中二のくせに身長190センチを優に超え、筋肉ムッキムキではあるがなぜか帰宅部で、怪しさ全開剃り残し全開ワキガ全開そして出席番号1番というもう疑惑ではなくてむしろ完全モーホーだといえるむつくけき大男なのだ。そんなやつに面と向かって暴言を吐けば確実に死が訪れる。なので俺はこの案件を、デリケートな女性の肌を扱うかの如く慎重に処理する必要があった。
『あの、阿部先輩。実は僕、カカオ絶食症という世界でも稀有な難病を患っておりまして、えぇ、なんと言いますか、チョコを口にすることは医者から固く禁じられているのです。せっかく先輩がご用意してくださったチョコを食べることができないなんて、うぅ……』
90度は曲がっていたと思う。勢いがありすぎて腰が抜け落ちそうになったし、調子に乗って号泣までしてしまった。
するとこのモホ野郎、俺の話など端から聞いていなかった様子で両肩に手を置き、
『いやん、ダーリンにうれしいって言われちゃった。ムネりんテレちゃう!』
『誰がダーリンやねん! てか自分のことムネりんとか言うな……あ』
阿部宗則の時が止まった瞬間であった。
俺は慌てて「これは違うんですムネりん先輩」と取り繕うが時すでに遅かった。右の鼻から雄雄しさ漲る毛を3本出すことに誇りを持ったこのモホ野郎はやがてプルプルと震えだし、額に無数の血管を浮き上がらせて腕を振り上げ怒りの鉄槌を下そうとしていた。
短い人生お疲れ様でした。……はっ! まさかこれは異世界転生のフラグでは。
ところが、
『ア~ン。緩急つけた言葉責めマジゴイスー。ステキッ。ダーリンもう我慢できなぁい』
と逃げられないようにガッチリと俺を抱きしめ、辛子明太子のような分厚い唇を尖らせ頬に、
ぶちゅううううううううう。
ぎぃやあああああああああ。
断末魔の叫びはさぞ学園中を駆け巡ったに違いない。
巻寿司のようになった俺は抗うことを諦め、目をつぶってこの拷問に耐え抜こうと決心した。が、ザワザワとした喧騒が耳に入ったので片目を開けて辺りの状況を確認する。
『なっ、なんでこんなに人だかりが……ッ!?』
よく考えてみるとここは校門前であり、何百人もの生徒達が行き交うスクランブル交差点のど真ん中であった。ホモと噂された阿部宗則14才出席番号1番角刈りニキビ面鼻毛先輩と昼間のアツイ情事を交わしているとなれば誰だって寄ってくるに決まっている。
そしてその烏合の中に、音もなくぽつねんと立っている少女がいた。
「A子……」
その女は、青縁メガネと右腕に新聞部の腕章を巻いたジト目で無表情の地味系女子で、名前はたしか
彼女は無表情で俺を観察したあと、制服からメガネと同じような色のスマホを取り出し、狙いを定める。
嫌な予感がした。
『お、おいA子。お前それで俺を撮ろうってんじゃないだろうな? おいバカなマネはよせ、ほとんど会話したことなかったけど、俺たちクラスメイトじゃないか。あ、そういや俺、実は前からお前のことが気になってたんだ、ひょっとしてこれは好きという感情ではないかと最近――』
パシャシャシャシャシャシャーッ。
普段のA子から想像もできないほどの俊敏かつ大胆な動き。いや普段のA子がどんな動きをしてるかなんて知る由もないが、とにかくスマホの連射機能を巧みに操り、様々な角度から俺を収め、新聞部のパパラッチスキルを遺憾なく発揮している。
彼女はクエスト終了後の成果報酬を確かめるかの如く、スマホを操作して俺を一瞥。
非常に嫌な予感がした。
『お、お前その画像をどうする気だ? まさかどこぞやの週刊誌に売り渡そうってんじゃないだろうな。やめろ、俺の画像に値なんかつくわけないだろ。考え直せ、やめ、』
彼女は容赦なくスマホをタップし、
『送信完了』
『送信完了違うやろ! お前、俺になんの恨みがあってこんな、』
『貴方の気持ち、たしかに受け取った』
『はあ? んなモンでっちあげに決まってんだろ、勝手な解釈してんじゃねーッ』
A子が聞く耳を持たず烏合の中へと消える。
『クッソあのヤロー……ってお前はいつまでくっついてんだこのモーホー野郎!』
そして次の日の朝、いつもは素通りするはずの校内掲示板の前で足を止め、
号外!! 「姫騎士みかど。ホモ確定!」
そんなスポーツ新聞並みの見出しで、でっちあげた記事を載せたA1サイズの学園新聞が、掲示板はおろか、校内の至る所に貼り出されていたのである。
『あの女俺を売りやがったー!』
学園中に拡散されてしまった俺のホモ疑惑。教室ではこんな感じだった。
『この学園内で無類の男好きというのは誰?』
『姫騎士みかど』
『正解!』
神よ、この憐れな子羊たちに死の裁きを与え給えそれも今すぐにだ!
ちなみにその願いは却下された。なのでこの愚民共と俺を新聞部に売ったパパラッチA子に関しては、脳内でフルボッコの刑にした。
この事件を境に俺は、中等部残りの二年間、苦しみと絶望を味わうことになった。かつて友だと認識していた者が手の平を返すように去り、女どもからは忌み嫌われ、学年問わずホモ属性を持った者だけが俺の元へと集い、ホモ非リアサピエンスという不名誉なあだ名を頂戴するに至った。
大抵のやつらは、このような目に遭わされたら立ち直ることは不可能だ。
が、俺は違った。
中等部を卒業するまでの二年間、屈辱に耐え、何の問題も起こさず空気のように過ごし、あることを実行しようと心に誓いを立てた。
それは、高等部への進級を果たすことができれば可能になり、禍根を断ち、失われた青春を取り戻すための手段。
そう、すなわち、アルバイトである。
「もう、リア充なんか爆発しろだなんて二度と言わない。なぜなら俺が手に入れるのだから」
人生バラ
「ククク、あの忌まわしき事件以来、踏んだり蹴ったりの中学生活を強いられてしまったが、それらの不幸はこれからの人生をバラ色に変えるための布石だったのだ。そう、たとえるなら寿司だ。
のびきったカップ麺を恨めしく見ながら食べようか食べまいかと心底悩んでいると、ふとリビングの扉が開いた。
そしていきなり、
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