皇国の興廃此の一戦に在り

 美夜の言動はいつも俺に深い安心感を与えてくれる。が、それも時と場合であり、この場においてだと、俺の仇討ちなんて考えてないで然るべき所に連絡して、事を収めるべきである、と、俺は考える。


 普通の人であればそう考えるだろう。

 そう、普通の人であれば。


「伝令、前へ!」


 美夜の行動は早かった。

 その号令で一階男子トイレの扉が突然開き、戦闘服に身を包んだ背の低い男性がひょっこりと現れ、大きすぎるフリッツヘルメットと背嚢はいのうを揺らしながら美夜の下に駆けつけてきた。

 ――どこかで見覚えが。

 美夜は目の前に立つ小柄な戦闘員にこう言った。


「休め。ではオヤヂ殿、隊の現況を速やかに報告」


「て、オヤヂさんアンタ何してんの!」


 オヤヂは元気よく敬礼しながらいつもの返事をした。


「総員10名、現在員10名、事故なし、武器弾薬異常なし、であるか」


「だからなんでお前らだけこのオヤヂさんの言葉が分かんだ! 俺ハミゴか!」


「ふむ、では次戦に備え速やかに弾薬補給。敵兵の退路を断つよう、一階にも兵を回す準備を」


 美夜は、オヤヂがメモ書きし終えるのを待ち、


「皇国の興廃此の一戦に在り。別命が下るまでその場に待機と伝えろ、よいか」


「ふぇい!」


 オヤヂが回れ右をして立ち去ろうとしたところ、


「ああ、それと、礼子殿のラインIDについては、今作戦が完遂したのち教えよう。ただし、己の職務を最後まで全うできたらの話だ、よいな」


「ふぁ、ふぁ、ふぁいーッ!」


 とオヤヂは普段の数十倍高いテンションで返事を返し、スキップしながらトイレへと戻っていった。


 次に、美夜は天井に向かってこう叫んだ。


「衛生兵、前へ!」


 すると今度は二階女子トイレの扉がバンっと開かれ、


「んちゃーーッ!」


 元気溌剌としたバカでかい声が店内に何重にも響き渡る。

 現れたのは、アルヴいち姦しく涙の似合わない女こと、染屋そまりやきいろであった。


「おおー、沢山いっぱいウジャウジャ人が死んでるね~、あ、今すぐ降りるよパイパイきーーん!」


 染屋がトレードマークであるカナリアイエローの髪と、はちきれんばかりの豊満な胸を振り乱しながら猛スピードで二階から駆け降りてくる。

 彼女は、この寒いのに黄色のジャージを袖捲り、裾を膝まで上げていた。そして、新聞紙がたくさん詰まったバッグを肩から下げていた。


「呼ばれて飛び出てジャジャのジャーン! 骨折り損のくたびれ儲けは絶対絶対したくないッ、同情するなら時給を上げろが生涯賭してのマニュフェスト! 染宮イエローただいま参上ッ!」


 彼女は目を覚ました瞬間からこうなのだろうか。今はバイトは途中なのか、それとも後なのだろうか。


「きいろ一等兵、貴官には最も重要な任務を与える」


「なんで俺より階級上やねん」


「我が隊員に負傷者がでた、直ちに救護活動を開始しろ。かてて加え、生き延びた残兵の襲撃にも備えよ、発砲については随時貴官の判断によって行え、復唱しろ」


「了解道中膝栗毛ッ! パイテラスキーの姉さまの頼みなら月と太陽が同時に落っこちてハルマゲドンがきても絶対必ず守ってみせるでござるッ! それにそれにチョチョゲリス10世は拙者のバイト仲間ッ。このチビはタダの仲間じゃなくて友達以上恋人未満の境目の親友とも言えるべきチビ助なのですよだから絶対絶対どんなことがあっても無料で二人を助けてみせるブラジャーッ!」


 と存在感みなぎる胸を揺らして敬礼で応える。復唱の欠片もなかった。


「ふむ、その意気や良し。では私の弟と……、友を頼む」


 その言葉を聞いた七花が、顔色を気取られないようにサッと俯き、


「み、ミーはお前の敵じゃなかったのか?」


 美夜は背を向けながら、


「無論敵である。だが、同時に、同期の桜でもある」


「バカなのだ……」


 七花が折りたためた膝の上に宝石の粒がこぼれ落ちる。


「ああ、馬鹿で結構。故に、今作戦の名は、トモダチである」

 

 染屋が救急箱とサブマシンガンを床に置き、


「はいコレ今朝の朝刊ッ! はいナナッチにもッ!」


「この新聞、お前ひょっとして、バイト中だったんじゃ……」


「バイトはもう終わらせたよッ! この新聞、本当は朝早くに駅前でサラリーマンに安く売りさばくものなんだッ、だからお店の人に毎日刷り余った新聞を分けてもらうの夢のためにッ!」


 たくまし過ぎる。

 染屋が以前、アイドルとして活動をするためにお金を貯めていると言っていたが、そこまでお金が必要なのだろうか。

 アイドルを目指すって相当大変なのかもしれない。


 染屋が包帯を取り出し、俺の頭に巻きつけはじめる。


「うおおおお巻いて巻いて巻いて巻いてーッ」


「お前包帯より赤チンが先やろー!」

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