オレの上っ面だけ知って安い同情くれンじゃねえ

 怒号のような喝采が上り、仄暗い店内に大神コールが響き渡る。大神は周りの手下共の大歓声に気分を良くしたのか、得意げに手を振ってそれに応えていた。そして七花の腰のフォルダーからバタフライナイフを取りあげ、弟に差し出し、


「エージ、ショーの執行人はオメーだ」


 どういうことか、大神英治はつっけんどんにその手を払いのけ、


「調子づくのもいい加減にしろ、オレはこんな事しにここに来たンじゃねえ」


 と、実の兄に向かって憎しみを込めた目で睨みつける。

 てっきり大神の言うことをすんなり従うものと思っていた。ここにきて兄弟喧嘩とは、一体どういうことだろう。


「ギャハハハハッ! ってオイオイエージ、オメーまで俺にナメた口叩くのかヨ。この世でたった一人の兄弟であるこの俺の言うことが聞けねーってのか?」


「クッ、どこまでオレを操りゃ気が済む!」


 実の兄にことごとく食ってかからんとするこの態度。どう見ても他人同士の争いにしか見えない。

 大神は大げさに肩をすくめ、


「身寄りのねえオメーをウチの家族が拾ってやったのもう忘れたってのか? 幼ねえオメーをここまで育ててやったのも、義兄として色々教えてやったのも、すべてウチの家族のお陰だったンじゃねーのか? アンッ!」


 大神が弟が孤児であったことをあっさりと明かした。

 意外に感じたが、ただならぬ家庭科環境であったことを、彼の束縛されるのを拒む口ぶりや、肉親を自分の仇とでも見るような目つきが証明している。

 しかし、実の弟ではないにしろ、ちいさい頃から同じ家族の一員として一緒に暮らしてきたというのに、なんて酷い義兄なんだ。ここまで筋金入りのクズにお目にかかるなんてそうそうないことだ。


 大神英治は鋭い目つきで義兄を睨み続けている。

 しかしその拮抗は、彼の悔し紛れの舌打ちによって幕を閉じた。

 大神英治は、彼の手からナイフを殴り取るように奪い、


「……こ、これが最後だかンなッ」


 大神は頬が裂けるような悪どい笑みを浮かべ、


「ククク、姫ちゃんよく見とけ、オメーの幼馴染がショーを盛上げてくれっからヨ」


 これから始まろうとするショーの前座となった兄弟劇は、色欲の虜となった手下共の歓喜を煽り立て、より一層この場に混沌をもたらす結果となった。


 ――オオカミのやつ、今回の件に絡むのは不本意だったてことか。


「おいオオカミ! お前、なんでこんな兄貴の言いなりに――」


「ウルセエエエエエッ!」


 全てを否定する叫び声に辺りが静まりかえる。

 大神英治は、背中越しに舞台袖にいた俺を睨みつけ、


「今まで家族の愛情をたっぷり受けてぬくぬくと育ってきたオメーにオレの何が解かる? ああそうだ、羨ましかったのさ、いつも出来のイイ姉とめんこい妹つれて楽しそーに遊んでたオメーがナ。こちとら家に帰るたびに義父にこき使われ、義母には二日に一度しか飯を与えてもらえず、それにこの額の傷はなあ、小2ン頃、このクソッタレ兄貴に金属バットで殴られて出来たモンだ。オメー知ってたか? 知るワケねーよなア」


 大神が「おお淋しいこと言ってくれるねえ」とまったく感慨もなくそう言った。

 幼少期にそんな悲惨な生活を送っていたなんて思いも寄らなかった。これで俺がいじめられた理由がわかった。彼は、親兄弟の愛情に飢えていたのだ。


 ようするに、正反対である俺に嫉妬していたのだ。


「さすがに今となっては昔みてえにやられる事はねえが、オメーも見てのとおり、まだ籠ン中の鳥ヨ。だから天国で育ってきたオメーが、地獄で育てられたオレにどんな講釈たれようが右から左ヨ。気安くしゃべりかけンじゃねえ、オレの上っ面だけ知って安い同情くれンじゃねえええッ!」


 彼の言う通りであった。

 大神英治とはイジメの加害者と被害者という経緯で繋がる、互いの中身なんてほとんど知らない間柄だ。しかもたった今こいつと再会したばかりで、抱えている背景は事のついでに聞かされただけだ。たとえ大神英治がこの一件に加担することを望んでいなかったとしても、今まで縁遠かった俺が複雑に絡み合った兄弟事情の末に及んだ事について口出すなどお門違いだ。


「エージ、盛った野郎共が待ちくたびれてる、そろそろ始めようぜ」


 大神は、餌の時間に待ち焦がれた犬のように舌をなめずり、


「姫チャン、オメーも女のハダカ見て盛る年頃だろ? ま、相手が幼児体型じゃ色気もなンもねえが、オメーにその気があるってンなら儲けモンヨ。今から拝ませてやっからそこで大人しく指でもくわえて待ってな。さ、まずは一枚目だ、エージ……ヤレ」


「ま、待て!」


 静まりかえっていた手下どもが再び性の渇きを訴え、盛りのついた犬のような声を張り上げる。ギラギラとした男臭い性的エネルギーに満たされた闇の城は、欲情の城へと化していた。

 もはや俺が何を叫ぼうが彼らの耳に届くことはなかった。

 大神英治は、周囲の状況に背中を押され、いまだ受け入れることができないといった表情で七花のズボンに手を掛け、右手で器用にナイフを開いて粛々と切り裂いていく。

 綺麗な白い素足と迷彩柄の縞パンが露わとなる。一瞬見蕩れてしまうがすぐさま下を向いた。

 子供のような容姿とはいえ七花は女の子。病的なまでに性欲を爆発させた歓声が上がった。

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