口先ばっかで何も成せねえ、それがオメーの騎士道ってことヨ

「も、もしお前たち兄弟がこのまま降伏しないことを選ぶなら、ミーは容赦なくお前たちを抹殺するだろう。援軍があろうとなかろうと、お前たちの脳天に弾丸を撃ち込み、顔面をシャベルで叩き潰す」


「いいぞ、抵抗すればするほどショーが盛り上がる。だが強がれンのも今の内だ、身を隠すモンがなくなっちまう前に心境の変化があることを祈る。次はそのシャツだエージィィ」


 兄の命令に大神英治は無言で応え、オリーブドラブのシャツを摘み、ナイフでゆっくりと垂直に切り裂いていく。

 開帳されたシャツの隙間から迷彩柄の縞ブラジャーが露わとなった。

 痩せ過ぎず幼児体型を残す柔肌は、僅かにもっちりとしていて、逆説的な色香を感じた。

 ――キレイだ。

 こんな状況下でもつい見蕩れてしまう自分は異常なのだろうか。

 穢れを知らぬ純白の半裸体は、昼光色のスポットライトに照らし出され、美しさをより際立たせる結果となっていた。


「ひぐぅっ」


 七花が短い悲鳴を上げた。

 彼女のおぼこい瞳は、いつものような勝気の色は消えうせ、弱々しく鳴いている子猫のように見えた。

 そんな七花をもてあそぶように、大神がこんなことを提案する。


「そろそろ限界に近けえようだが、許してやってもいい」


「ほ、ほんとか?」


 七花の瞳に一縷の希望が宿る。


「ああ、ただしオメーがごめんなさいって謝ってきたらの話だがな」


 意地汚い一言であった。彼女は口を固く結び、


「だっ、誰がお前なんかに」


「そーか、じゃ、彼氏と一緒に雪見大福を拝ませてもらうとする。エージッ!」


 大神英治が動く。


「やめろおおおッ!」


 プツン、と音を立てて切れたのは、ブラの肩紐だけであった。

 それは僅かな胸の膨らみの上で垂れ下がっており、発展途上の乳房を隠すカップは、ズレ下がらずに止まっていた。


「エージィ、オメーもシャレが分かるようになってきたじゃねえか。まあいい、だが次は真面目にやンねーと俺は悲しくてオメーの憧れだった烈怒妖精レッドエルフの六畳旗を燃やしちまう」


「こ、このクサレ外道がああ……ッ」


 大神英治が額に青筋を立て、横目で義兄を睨みつける。そして今度は迷いなく、ブラの中央を指でつまんだ。

 大神は手下に取ってこさせた店の瓶ビールをラッパ飲みしながらその様子を眺めている。


「あ、あの、ごご……ごめ……」


 七花の鉄壁に守られた心にひびが入いろうとしていた。

 大神はとぼけたように耳に手をあて、


「なんだ聞こえねーなァ、もっとデケー声でごめんなさいって言ってくれねーとヨ」


「大神てめぇぶっ殺す!」


 大神が振り返り、


「さっきからギャーギャーギャーギャーウゼンだヨ! じゃあ聞くが今のオメーに何が出来る? 「あのとき何度も止めたんだ、捕まってさえしなければ」とか言って後のメンツ保つために小芝居うってるだけだろうがヨ、誰が見てもそう見えンぜ、アン、違うか?」


「ち、違う! 俺はそんなつもりじゃ」


「じゃあ殺ってみろヨ、今すぐ、俺を。できンのか? ンン?」


「ク……ッ」


 なにも言い返せすことができない。

 大神が俺を弄ぶような笑みを浮かべ、


「理解できたと思うが、それが偽善ヨ。口先ばっかで何も成せねー、それがオメーの騎士道ってことヨ、姫騎士だけにな」


 偽善。

 それが、俺の騎士道。

 今まで周りを散々偽善者呼ばわりしてきたこの俺が、偽善者。


 考えさせられる。 

 たしかに今の俺では、無駄に遠吠えを上げること以外何もできない。大神の言うとおりこれは「ここまでしたけどダメだった」と、七花や他のみんなに言い訳するために、ジタバタともがくフリをしてるだけなのだろうか。自分ではそんなつもりは一切ないけれど、他人の目には、偽善として写っているのだろうか。少なくともこの大神にはそう見られている。ということはつまり。


 ――あれだけ深く偽善を理解していたつもりなのに、俺は偽善者だったのか。


 そう思い込んでしまった途端、意思を持たない傀儡人形のように、腕の力が抜けてしまった。

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