第八章 縛められた金狼

言えよ遺言、逝く前に聞いてやっからヨ

 忍び足で受付を横切り、ホールに入ってすぐ左に設置されているドリンクバーの陰に、すばやく身を隠す。

 男は現在、畳二畳分くらいの狭い事務所の中で、目的の物を取り出そうと金庫と格闘していた。


「正体不明の敵確認。ポイント・ダガーから接敵地点までの目測距離、およそ10000」


 その報告に隣の七花が重々しく頷く。

 双眼鏡による監視。犯人の行動を逐一報告するのが彼女から言い渡された俺の任務であった。


「敵の風貌は、えー金髪。それに、学生服を着ているようですね、先輩」


 七花はニタリと笑い、


「ふひ、どんなゴロツキかと思いきや、ゆとり世代のガキ一匹か。こんな真夜中に出歩くなんて親の躾はどうなってる、まったくもってけしからん。とはいえ最近の学校側の風紀指導にも問題があると思うが、その辺はどう思う? 堕落した世の中になったとは思わんかねプライベートパイパイスキー」


「はあ」


 色々とつっこみたいところだが、ここは犯人の動向に気を向けねばならないので、あえて口をつぐんだ。


 それにしてもアイツは一体何者なのだ。ここまで内部のことを熟知しているのであれば、差し詰め大神以外の元従業員という線もありえる。が、彼女たちからは他の元従業員で心当たりのある人物がいたとは聞いてない。ともすれば、大神が遣わした手下なのか。


 金庫が開けられた音が微かに聞こえ、犯人がその中から茶封筒を取り出したのが見えた。


 アルヴでは、売り上げと記録明細を封筒に入れて金庫に保管し、数日間貯まったものを店長がまとめて銀行に振り込むといった形をとっている。


「敵が売上封筒を確保しましたよ、先輩!」


 昨今の教育指導のあり方についての延々と自論をしゃべり続けていた七花が、そこで一旦話を区切り、短く鼻で笑い、


「慌てるなベイビー。アイツが中身を確認するまで、このまま監視を続けろ。ふひ、今にオモシロイことになる」


 言葉の文字通り、彼が分厚い封筒を開けたとき、異変は起こった。


「な……ッ、コリャ新聞紙じゃねーか!」


 彼は律儀にも一枚一枚偽札かどうかを確かめ、最後には壁に当り散らすかのように札束を投げつける。


 そこで七花が立ち上がり、


「よし、これで現行犯が成立した。さー今からアイツをとっちめて姉さまにたくさん褒めてもらうとしよう」


 金髪が部屋中を漁りはじめた。七花が待ち望んでいたのはまさにこの瞬間であった。事に及んだあと必ず無防備になることを彼女は知っていたのだ。


 しかし、先ほどから妙な胸騒ぎが絶えない。


「先輩、やっぱみんな来るの待ちませんか?」


 七花は見上げる俺を見下ろし、


「敵はあの出涸らし小僧一匹、しかもあの無防備、捕まえてくれと言ってるようなもんだぞ、何をそんなに恐れる?」


「いや、それはわかるんスけど、なんか嫌な感じがするスよ! あと10分、いやあと5分も待てばみんな来るかも知れない、それから捕まえたって、」


「その間に敵が逃げたらどうする!」


「ど、どうもしねえよ! 相手は正体不明の輩なんだ、どんなヤツか知らねえのに、いくらなんでも無謀すぎる。それにアンタの身にもしものことがあったら俺はこの先」


「Bullshit ! このミーを誰だと思っている。もうお前みたいな役立たずの手なんて借りん! ミーひとりでやる」


「ダメだッ! これは、この世で最も信頼しているアンタの部下からの命令だ!」


 七花がその一言で石になる。

 彼女には悪いが、このわだかまりが消えない以上、無茶を許すことはできない。直接言われたわけではないが、これは店長との約束だ。彼女たちが暴走しないよう、抑止力となるのが俺の役目だ。


 正体不明の男はあきらめたのか、事務所から出て店の入口に向かって歩きはじめた。

 七花はそれに気づいて正気を取り戻し、またとないチャンスを不意にされたと俺を睨みつけ、


「Fuck you,paiski ! Fuck all you assholes !」


 と吐き捨て、雄叫びをあげながら特攻を開始した。


「クソ、この分からず屋が」


 もはや俺に残された行動は、念のために持たされた小銃で援護射撃するだけだった。とにかく撃ちまくる。M4カービンのアサルトライフルを、彼女が向かっていった方角にむけて無闇矢鱈に撃ちまくる。


 ところがある程度して、


「ほう、こんな所に潜んでやがったか」


 その声に反応して右を向いた。

 ――ッ!

 あの距離をいつの間に移動してきたのか。

 すかさず彼に銃口を向け、脅すつもりでトリガーを引いた。


「動くなッ! ……えッ、アレ?」


 当てるつもりはなかった、が、玉切れだった。

 犯人はニタリと笑って俺の襟首を掴み、


「丸腰相手に卑怯なマネしやがって、俺に上等切ってタダで済むと思ってンのかヨ?」


 薄闇で見えなかった犯人の容貌がドリンクディスペンサーの常光に照らされ明らかとなる。


 時代がかった金髪のリーゼント。どことなく硬派な感じのする鋭い目が印象的だった。短い詰襟とダボっとした学生ズボンの至るところに文字が刺繍されている。こんな制服を容認しているのは、市内屈指の札付きワル共が通う悪名高きヤンキー高、旭が丘高校だけであった。


 金髪が挑みかかるような目で俺を睨んでいる。

 少し前ならこんな目をされるだけで縮み上がっていたが、もはや何とも思わなくなっていてた。大神に刻み込まれた経験が活かされているのだ。

 相手は一人。しかも俺と同じ高校生。ここまでされて黙ってはいられない。それに盗みに入って堂々としている態度が気に食わない。


「押し込み強盗がキレイ事言ってんじゃねえよ……彼女をどこへやった」


「アン? ああ、そこでくたばってるヤツのことか」


「お前まさか……ッ」


「オイオイ勘違いすンなヨ、勝手に自爆したのはコイツだ」


 背後を振り返って確認すると、金髪の言ったとおり、七花は四肢を放り出してハエのようにのびていた。

 こんな肝心なときにコケるなよ、と思ったが、仲間が馬鹿にされたことにむかつき、


「俺にはお前の時代がかった格好の方がよっぽどウケるね」


 そこで足払いを食らい、地面におもいっきり叩きつけられる。反撃に出ようと身をよじろうとするが馬乗りにされ、


「言えよ遺言、逝く前に聞いてやっからヨ」


 と、ポケットから飛び出し式のナイフを取り出し、俺の頬に押し当ててくる。予想外の展開に身動きが取れない。


 が、その時、

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