ミーが殺す気だったらお前は今頃死んでいる

「ふひ、丸腰相手に武器は卑怯とか言ってなかったか」


 七花だった。

 金髪は後ろを振り返り、


「正当防衛つー言葉知らねンかヨ。ところで嬢ちゃん、そのおもちゃで俺をるつもりか?」


「心配するな、ミーが殺す気だったらお前は今頃死んでいる」


 金髪は馬鹿にしたように笑い、


「やめとけ。ひとつ今後のために教えといてやるが、銃よりナイフの方が速いって思ってンなら大違いだ。このマヌケと同じように弾が出ねえかも知れねえし、的を外すことだってある。俺を殺る前にコイツが死んじまってもいいってのか?」


 七花はその挑発を色のない顔で受け止め、


「ご忠告はありがたく受け止めといてやる。だが、勘違いしているのはお前だ」


 そこで、パンパンパン、と発砲音がしたと同時にディスペンサーのパネルが数箇所破砕し、スティックシュガーの箱が弾け飛び中身が床に散乱した。


 七花は銃口に息を吹きかけ、


「ホラ、この通り弾もガスも満タンで、狙い通り的にも当たってくれる。これでもまだそのマヌケを殺したいって言うなら遠慮せずとっとと殺れ。だがその瞬間、自分の脳ミソが何色なのかお前は知ることになる。もちろんお前が審判を下す前にそうなることを約束する」


 金髪がとうとう黙りこむ。

 七花はそれを降参したとみて、


「どうするのが利口か理解してもらえたようで助かる。じゃあ、まずゆっくりと立ち上がってもらおう。そのあとそのマヌケをこっちによこせ」


 金髪は、七花の言われるがままゆっくりと立ち上がり、俺の手をつかんで引き上げる。急な展開に戸惑っていると、彼が行けと言わんばかりに俺の背中を押した、が、その隙を狙って俺を追い越し、突然七花に切りかかる。


 ガキィン、と金属同士が激しく衝突する音が暗闇の中で響いた。


「ほう、言うだけあってすばやい動きだ。あとは実力と口がつり合ってるかどうかだな」


「ラリってンじゃねえ……ッ」


 七花が連続して発砲するが、金髪はそれを真横に飛んで被弾を逃れる。続けざま七花は彼が逃げる軌道を追って乱射する。が、辺りの暗闇に吸い込まれるばかりで、標的をうまく捉えきれない。埒が明かないとみた七花は、そこであっさりと拳銃を放棄し、走りながら腰に手をまわして一本のバタフライナイフを抜き取る。そして金髪に飛び掛かり一刀目を振り下ろした。


 刃が激しく重なりあい、弾かれ、また重なりあう。


「フン、ガキがいっちょまえにナイフ屋気取りやがって、腕に覚えはあるンだろうな」


「お前のママの包丁捌きよりマシさ」


 二人は再び弾かれるように離れる。そこで金髪が先に飛びかかり、腕を大きく振りかぶって袈裟斬りに刃を振り落とす。が、彼女は恐ろしい反応速度で振り下ろされた凶刃の側面に、自分の得物を当てて軌道を逸らす。金髪がすかさずナイフを反転させて水平に薙ぐが、七花はそれを勢いよく倒れこむように真後ろへ跳んで躱し、地面に両手を突き返して見事な着地をきめた。


 七花は立ち上がり、一旦構えを解き、


「どーした、そんなことじゃミーに傷ひとつ付けられんぞ、Come on BABY,Come on!」


 七花が余裕ぶった態度でナイフアクションをきめながら挑発している。

 金髪は額に血管を浮かび上がらせ、雄叫びを上げながら七花に襲い掛かる。


「甘くみてっと踊らせンぞゴラアアッ!」


 間断なく繰り返される剣戟の音が仄暗い空間に鳴り響く。所々で小さな火花を舞い散らせた。そして二人は再び間合いを取り、切っ先を相手に向けたまま互いの動向に神経を尖らせた。激しくなった呼吸を肩で整える。汗ばむ顔に疲労の色が見えはじめていた。


「殺っちまう前にひとつだけ聞いときてえ、何者ンだテメー」


「ミーか? この店のしがないコックさ。そこでひとつ提案だが、そろそろ終わりにしないか? 仕入れの時間に遅れると上がうるさい」


「クク、ああ同感だ。こっちもメンドクセーを一匹待たせている」


 今度は七花が先に動いた。斜め上からのすばやい斬撃を金髪が物の見事に弾きかえした。

 金属が床に転がり落ちる音が聞こえた。

 七花の手からナイフが転げ落ちてしまったのだ。


「終わりだ」


 金髪はそう言うやいなや、がら空きとなった七花の胸部目掛け、下からえぐり込むようにナイフを突き出す。


 絶体絶命――


 と思われた。ところが、違っていた。

 彼女はまさにこの時を狙っていたのだ。


 七花は、十字にした腕を振り上げ、一気に下ろして彼の手を掴み、右へ反らしながら無防備となった顎に目掛けて右手で掌低を叩き込んだ。


「グッ」


「終わりなのはお前だ豚野郎」


 そして、掴んでいた左手で彼の手首を外側に捻りながら床に倒して押さえ込む。腕の間接をきめられた金髪は身動きひとつ取れない状態となった。

 七花がそこで細長いため息をつく。


「先輩!」


 七花に近寄ると、体に傷は見られないものの、軍事色のTシャツが所々無残に切り裂かれていた。神経を集中させ、金髪の攻撃を紙一重のところで躱していたことを物語っている。


「おい、お前の役目はなんだ? そこでボケーとつっ立ってることか?」


 一抹の感動が意識から消し飛び、


「あ、ああそうだロープ……アレ? どこだっけ」


「ヴァカかお前はー! 何のためにミーが頑張ったと思ってんだ! Get up here ! move it ! That would break my fucking heart ! OK?」


 七花に物凄い剣幕で追い立てられたので、慌てて辺りを探しはじめる。

 先ほどの彼らの攻防が脳裏に蘇る。

 金髪もすごかったが、それ以上に彼女はすごかった。手に汗握り、一時はどうなるかと気をもんだりもしたが、始終圧倒していたのは七花だった。とにかくこれで万事解決だ。結果オーライだといえよう。わだかまりもいつの間にか消えていた。


「マジでどこやったっけな、ロープ、ロープと……、」


 そこで七花が、


「姫騎士うしろだーッ」

 

 その言葉に反射的に振り返るが、目の前の何かにぶつかって後ろからこける。


「お、誰かと思えば姫チャンじゃねえか」


 大神だった。

 やはりこいつが黒幕だったか。


「ひょっとして探しものはコレか?」


 しまった、それがないと金髪を縛れない。しかしそれどころではなかった。大神の周りには、金髪と同じ高校の改造学ラン背負った輩が何人もいた。軽く見積もっても20人以上。そしてその半数が、木刀や鉄パイプなどの武器を所持している。


 大神はゆったりとした動作でタバコに火を点し、


「エージの帰りがどうも遅せーから見に来たらこう言うことだったンかヨ。それにしても、ちょっと見ねえ間に生意気ヅラするようになったじゃねーか」


 心臓が爆発的な鼓動を叩きはじめる。

 しかしこれは、けして恐怖からきたものではない。大神に対する恨みが、燃料となって爆発しているのだ。


 ――それにしてもこの人数、どうする。


「オゥ、誰かこの小僧を立たせろ」


 下手に抵抗すると、先ほどの戦いで消耗した七花の身に危険が生じてしまう。それだけは絶対にあってはならない。とにかく、まずは様子を見ることにしよう。


 ホールのスポットが数箇所だけ灯される。手下二人が俺の両腕を搦め取って持ち上げる。

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