一度くらい裏切られても、許してあげるのが仲間ってもんだろ?
暗闇の中で目が覚めた。
布団から手を出し、スマホを探り取る。電源を入れ、まぶしさを堪えながら時刻を確認する。
日曜日午前3時50分。
毛布を足元へ蹴り飛ばしていることに気づき、手と足を使って引き上げる。
寝て起きてを繰り返すこと4回。その間トイレ2回。水分補給1回。
冴えきらない頭の中でそんなどうでもいいことを思う。
「あー超ダリィ、中途半端に寝たぶんよけいダリィ」
あくびをしながらスタンドライトを灯す。
「ちょうど閉店時間、か。今頃みんな集まって、大神捕まえる準備でもしてんのかな」
大神の顔を思い浮かべたせいでだんだんと目が冴えてくる。
「くそっ、アイツさえいなければこんな事にならなかったのに……」
ヴィー、ヴィー。
突然意識の中に割り込んできた着信音に驚き、悔し紛れの悪態をつく。
スマホを見る。
親父だった。
「ったくこんな時間にどんな神経してんだアイツ」
無視をきめこもうとスマホから手を離そうとする、が、悪巧みを思いつき、
「ヒヒ、ひとつ気晴らしにからかってやろう」
ピ、
「はい、こちら夢咲警察」
『ファッ! ああああのけっけっけ警察ですか?』
バカだこいつ。
「事件ですね? わかりました、では用件の前にまず貴方のフルネームと生年月日、発生現場の簡単な住所をお答えください」
『エッ! あの、そんな急に言われても、こっこっこ心の準備が』
「フン、冗談に決まってんだろが冗談に」
『じょ冗談? あー、みかど? アハ、アハハハハ、も、もちろんわかってたよ最初から』
「うそつけ!」
スマホの向こう側で親父が咳払い、
『気の利いた冗談を言えるぐらいには復活したようだね、安心したよ』
「フン、おかげさまでな。で、なんだよこんな時間に」
『君は、行かなくてもいいのかい?』
「ハッ、全部お見通しかよ。この際言っとくがもう店を辞めたんだ、行くわけねえだろ」
『ついカッとなって言っちゃったことだよね? そんなの誰も本気にしてなんかいないよ』
人の気も知らずにヘラヘラと笑う態度に苛立ちを覚える。
「俺は本気で言ったんだよ!」
『それでも、みんなは君のことを待ってる、と思うよ』
「はあ? 部外者が勝手なこと言ってんじゃねえ、俺はアイツらに裏切られたんだ、たとえ待ってたとしても誰が行くかっての」
会話の主導権をあっさりと取られてしまったことにむかつく。
『君の中では彼女たちの行為は許せないことだとは思う。けどそれには深い理由が――』
「ンなことわかってるよ! 犯人捕まえるために我慢しろってことだろ? 理由はどうあれ納得できねーから辞めたんだろうが」
親父が言い返そうとするが先に、
「仲間とか言っといて、急に手のひら返すなんて絶対ありえねえ! 昔イジメられときの周りのやつらと同じさ、心配するフリだけして結局何もしねえ、だったら最初っからほっとけっての」
『甘えるんじゃないッ!』
――ッ!
意表を突かれたその一言に、思わず返す言葉を失ってしまう。
心臓にじわりと汗をかいたような感じがした。
親父に叱られるのは、これがはじめての事だった。
「べ、別に、甘えてなんか……」
『君がバイトでどんな子たちと会って、どんな事をしてるかまでは聞いてない。けど、バイトに行きだして確実に明るくなったって、美夜くんが言ってた。おかげで父さんは、こんなに離れてても、君が楽しそうに働いてる姿が見える』
店長、五軒邸、七花、染屋が楽しそうに笑っている姿が頭に浮かんでくる。
彼女たちは、いつも元気に働いていた。
彼女たちは、いつも熱心に仕事をしていた。
彼女たちは、いつも俺に、色んなことを教えてくれた。
そして、彼女たちはいつも、笑っていた。
心の中に疑念の穴が生まれる。
ひょっとして、彼女たちの行為を無下にしようとしているのは自分ではないのか。
『毎回嫌な思いしてたらとてもそんな風にはならないと、父さんは思う。それに一度くらい裏切られても、許してあげるのが、仲間ってもんだろ?』
はじめた頃は不安だったけど、彼女たちのお陰でそれなりに仕事ができるようになってきた。
七花の指導は日を追うごとにキツくなるけれど、今ではそれなりに意味があるものだと思いはじめたところでもあった。
五軒邸は丁寧に教えてくれるから覚えやすいし、染屋とは一緒に仕事したことはないけれど、顔を合わすたびに元気をもらえる。
そして、店長はいつも、そんな俺たちを温かく見守ってくれていた。
辛いこともあるけれど、仕事を覚えるのが楽しくなってきている、自分がいる。
疑念の穴が大きくなる。
七花は、泣きながら必死になって事の真意を訴えようとしていた。仲間を無下にする人間があんな涙を流すのだろうか。常日頃、戦友の何たるかを口すっぱく語り尽くす彼女の涙には、文字通りの言葉の意味が隠されていたのではないのか。
五軒邸が下を向いて黙っていたのは、店の存続を天秤にかけていたのではなく、俺に「今は耐えてくれ」の一言が言えないほど、無情にも思える決断を下した自分を責めていたからではないのか。
『もし、今回それを許せなかったら、この先二度と、誰も許せなくなってしまうだろう。みかどは、それでもいいのかい?』
彼女たちは俺のことを仲間として受け入れてくれた。だのに、それを頑なにを拒み、信じようともしなかった。このような下地があるからこそ、今回の件に過剰に反応してしまったのだ。
「だ、だったら俺は……」
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