聖剣は、折れない心に宿るもの
自分の中で何かが変わりはじめようとしていることには気づいていた。
仲間という言葉に疑念を抱きながらも、心のどこかではいつも憧れていた。
仲間という言葉に懐疑的になりながらも、いつしか信じはじめようとしていた自分がいた。
「俺は……」
偽善的かつ抽象的にとれる仲間という言葉の本当の意味。
騎士道にも存在しない言葉の意味。
そんな言葉の意味をあの店で知ることができた。どうしようもなくお節介なバイト仲間たちが教えてくれたのだ。
もう、自分に嘘を突き通すことなんてできない。
「どうすりゃいいのかわかんねえよッ!」
あの時、彼女たちを信じることができれば、こういう事態にはならなかった。自分のしでかした罪は予想以上に重く、背中にのしかかっている。
彼女たちは、俺との間に生まれた義理を信じているからこそ、一時に生まれる人の情をあえて捨てたのだ。
そんな彼女たちに、俺はいったい……
親父はあっさりとこう言った。
『一度掴んだ縁に、しがみつけばいいだけのことさ』
――ッ!
それは、まるで人の間にできた
「縁にしがみつく……そんなの、どうやって……、」
『いいかいみかど? 彼女たちを仲間と認めるならば、どんなことがあろうとも、けっして離してはいけない。損得勘定いらずの屈託のない意見を交わせる存在は、地球上のどんな存在よりも尊い。そんな相手とおもいっきりケンカしたり、心に抱える痛みや腹の底から笑える喜びを分かちあう。そうやって強く育まれていった縁は、やがて絆に変わる』
縁が、絆に……。
『それは、これからみかどが一生賭して得られるどんなモノよりも価値の高い、大切で掛け替えのない宝物となるだろう』
掛け替えのない、宝物。
『だから、絶対に、何があろうとも、君の背中を支えてくれる温かい手を、振り返ればすぐそこにある本物の笑顔を、いつも側にいてくれる存在を、離しちゃダメだ』
彼女たちの厚意は、ずっと上辺だけだと思っていた。出会って間もないこの俺に優しく手を差し伸べてくれたというのに。俺という人間を信頼してくれていたというのに。それなのに俺は、一時の感情に流され、一方的に彼女たちを裏切り者と決めつけてしまった。理由があると解っていたのにも関わらず、この狭い心がそれを許してくれなかった。一番近い場所で、いつも優しく見守ってくれる美夜や美雨にも酷く当たってしまった。
なんで俺はこんなにも心が乏しいのだろう。
涙が頬をつたって落ちる。
「お、親父、俺もしかして取り返しのつかないこと……」
やっとできた大切な仲間を、失ってしまう。
やっと理解できた兄弟の絆を、また壊してしまう。
『君はまだ何も無くしてなんかいない。みんなが、君を待ってるよ』
「み、みんなが俺を……?」
『うん』
涙声になるのが抑えきれない。
垂れてきた鼻水をシャツで拭い、
「でもおやじ、オレ、みんなに……けどいまさら……な、なんて言えばいいか……」
『こんな時は案外、君と同じことを思ってたりするものなんだよ。……会って謝りたいってね』
「みんなが俺に? 俺にあやまる理由なんて……逆に俺のほうが……でも俺ムリだよ」
『ここで君は……、君の物語を、終わらせるつもりなのかい?』
俺の物語。
そんなこと考えたこともなかった。
俺はいつだって脇役で、誰かの物語の一部にすぎないのだとばかり思っていた。ご大層にバラ色の人生を手に入れてみせると言ったけれど、心の裏側では、たとえ頑張ったとしてもほんの少しだけ味わえる程度だろうな、としか思っていなかった。
けどそれは、誰かが書いた脇役の物語の話であり、俺が書く脇役の物語ではない。
――お前は脇役のままでいいのか。
「いやだッ!」
心の中で密かに思い続けていた。脇役と自覚していてもなお、それだけは消えることなく、心の片隅に残っていた。
いつか、伝説の騎士のような主人公になりたい、と願う気持ち。
ここで俺が俺の物語を終わらせたら、一体誰が俺の物語の続きを書くというのだ。
ここで俺が俺の物語を終わらせたら、俺は永遠に脇役のままだ。
「終わらせたくないッ」
美夜たちを見捨てたときに始まった、主人公不在の俺の脇役物語。
俺はその物語の中で、主人公へと返り咲き、いずれ本物のLA・VIE・EN・ROSEを手に入れる。
それが俺の物語の筋書きであり、俺の夢。
薄っぺらかった動機が、確かなものへと変化した手ごたえを感じる。
「脇役から主人公に這い上がるサクセスストーリーを書けんのは他の誰でもねえ、この俺だ!」
涙が滂沱として拭いきれなかった。
ひきつけを抑えようとも止まらなかった。
『答えが出たようだね』
美夜も言ってくれた、みんなが俺を待ってくれていると。
一刻も早く彼女たちに謝り、この物語の続きを書かなければならない。
乱暴に目蓋を擦る。
しかし、気持ちはどうであれ、現実問題が俺の前に立ち塞がっている。
大神猛。
彼の存在は、この物語を書く上でけして避けては通れない障害だといえる。
はたして無難に捕まえることができるのだろうか。
また危害を加えられるのではないか。
捕まえられたとしても、報復されるのではないか。
「あの親父、俺……実はその、」
情けないと思われてもかまわない、今なら親父と本音で話し合える。
「アイツが怖い! また、殴られるんじゃないかって、その、」
正直、あんな暴力に立ち向かっていく勇気なんて今の俺にはない。
けど、
「悔しいんだッ。でも多分会ったらまた殴られる、またあの頃のように報復されるのが恐い! 俺、ヘタレで、弱虫で、抵抗すらできなかった、けど、どうにかしたい! どうにかしたいんだ……ッ」
こんなことを相談したところで、強くなれるわけでもないのは十分承知している。ただ単に、この気持ちを聞いてほしかっただけかもしれない。
ところが親父は「はじめてそういうことを相談してくれたね」と喜びを顕にしたあと、
『君は今まさに、自分に勇気があることを証明した』
「え……?」
突拍子もない見解に戸惑いを覚える。
意味がまるでわからなかった。
そして親父は言った。
『自分の弱さを知り、悩み苦しみもがき、それでも前を向いて進もうとする者は、けして弱虫とは言わない。人はそれを――』
『
ドクンッ。
あの夢で見た光景が蘇る。
――獅子の如く、不屈の勇気を胸に刻みつけ、剣を構えろ――
『僕の息子は、なにがあっても折れない剣を持つ、最強の騎士――』
数多の敵を前にしても、けして背を向けず、暗黒竜ニーズヘグを討ち倒した最強の騎士。
世界蛇ヨルムンガンドとの戦いで仲間を庇い、栄誉ある負傷を負った仁愛の騎士。
巨狼フェンリルを滅ぼし、王女シルヴィアを救って世界に平和をもたらした憧れの騎士。
そんな存在に、いつか、俺もなりたい。
伝説の騎士第二期二十話、
――
『みかどだ』
心にあった小さな火種が、豪火となって燃え盛る。
最強の騎士。
そんないいものではないと自覚する。けれど、たったひとつ言えることがあるとすれば、どんなに心折られようとも、何度でも立ち上がってみせるということ。
もう、あの頃のように、逃げ出すことはないと誓える。
「親父。俺、絶対あんなヤツになんか負けない!」
実際問題大神には敵わないだろう。だが、あくまでそれは現時点における話であり、今後大神がどのような形で俺の前に現れようが、絶対に逃げないし、何度だって立ち向かってやろうと思う。
何があっても逃げないということは、あきらめないということであった。
決して折れない聖剣を心に宿す伝説の騎士のように、俺はなりたい。
そこで電話の向こう側の親父が奇妙な笑い声を上げ、
『ニュッフッフッフ、心は決まったようぢゃの。ではゆけい我が騎士みかどよ。行ってその名の由来を示してくるのぢゃ!』
「ああ! って結局最後はそれかよ。ったくいつまでたってもガキみてーなこと言いやがて、こっちが恥ずかしくなる、つーの!」
親父の笑い声が俺に深い安心感を与えてくれる。
今だけは、親父も好きな「
「ありがとな、
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