こっから仏血義理モード全開で行っから夜路死苦!

「ウラアアアアアアアアアッ!」


 それは爆弾が前触れもなく爆発したかのような怒号であった。

 思い思いに握った武器を振り上げ、美夜に襲い掛からんとしていた大神の手下どもの動きが、瞬間冷凍されたマグロのようにピタリと止まる。


 ――この声は。


 その声の主は、竹穂垣のように立ちはだかる手下どもをドスの利いた声で払いのけ、お馴染みセーラー服ではなく、赤字で初代烈怒妖精総長と刺繍された白塗りの特攻服に身を包み、真紅の髪をリーゼントにまとめ上げた出で立ちで俺たちの前に姿を現した。

 薄っすらと血のりのい跡がついた木刀を右肩に担ぎ、力強く細められた双眸で威圧するように周りを見渡しながらこう言った。


「サンシタどもが群がりやがって、ワシのヤサどないしてくれしよんじゃいゴラァ」


 そこで、この場に後から駆けつけてきた手下のひとりが、五軒邸の素性を知らないが故の威嚇行動、もしくは功を焦るがあまりの下克上的条件反射ともいえる示威行為に出てあっけなく失敗した。彼女の裏拳によって一発で床に沈められたのである。

 それを見ていた二番煎じ共が、振り上げていた武器を次々と下ろしはじめる。辺りが押し静まっていく。だが、大神だけは違っていた。


「レーコ、今更ひとりでここに何しにきた、アン? オメーの出る幕はもう――」


「じゃかっしいわいッ! ワレ、誰にモノ言うとんどゴラア!」


 思わず真似てみたくなるほどの素晴らしき巻き舌であった。

 五軒邸は、恫喝で固まる大神を力なく片手で突き飛ばし、


「オウ、アホンダラ、ワシが動いてええ言うまでそこ動くな、1ミリでも動いたら殺すからのう」


 そう言って特攻服の裾を大仰に払い、豪快に股を開いて俺の前に座った。下には髪と同じ色の紅いサラシを巻いていた。

 五軒邸がやさしい目で俺を見据え、


「姫公、だいぶ待たせてもうたのう」


「いや……元はといえば、計画狂わせたのは俺なんで」


 五軒邸は遅れたと言うが、こうして来てくれたことが単純に嬉しかった。

 やはりこの人たちは信頼の置ける仲間なのだ、と心からそう思うと同時に、一時的な感情で裏切り者と決めつけてしまったことを後悔した。

 この機会にちゃんと謝らなくてはならない、と思い、


「あの礼子さん、この前のことなんですけど。俺自分のことばっかで、アルヴのこと一番考えてた礼子さんにあんなこと言って、」


 と、謝罪を口にしかけるが、


「姫公その先は絶対言うたらアカン。ワレはなんも悪るゥない、悪いんは全部ワシや……」


 五軒邸はそう言って木刀を手前に置き、両手両膝を床につけ、


「義弟分がヤラレたゆうのに悪知恵優先させたワシの落ち度や、どんな大義抱えとろうがそれだけはやったらアカンことなんや。透がおったら間違いなくエンコ持ってかれとった……いや、正味エンコどころの騒ぎじゃ済まんでホンマ」


 言うまでもなく、土下座の格好であった。

 五軒邸は俺の制止を聞かず深々と頭を下げ、


「姫公この通りや、ホンマすんまかった」


 頭を下げる角度といい、拳で踏ん張るように折り曲げられた腕の張り具合といい、申し分のないほど儀礼が尽くされた完璧な土下座であった。

 このまま黙って彼女だけを謝らせてはいけないと思い、同じ姿勢をとり、


「礼子さんの詫びは確かに受け取りました。だから、僕の詫びも受け取ってください。心配掛けてごめんなさい」


 そして五軒邸と同じタイミングで面を上げ、


「これが、仲間ってもんスよね」 


 五軒邸が頭をかいて鼻で笑い、


「ええ男に成長しよってからにホンマ……よっしゃ姫公、ワレの出番はこれで終いや、あとは全部ワシらに任せて、包帯でグルグル巻きにされとる義妹の傍についとったってくれ」


「え? うわあ」


 七花を見ると文字通りの状態で、だるまのようになりかけていた。

 もはや残されているのは二房の長い髪と目だけになっており、必死で何かを言い続けているがまったく聞こえない。染屋はこの状況でもなお、巻くことだけに集中している。


「でもこの人数、姉貴と二人でどうやって、」


 五軒邸の援軍はたしかに心強く感じる。しかし、この人数に立ち向かうのは、いくら天下無双の二人とはいえ、荷が重すぎると思う。

 五軒邸は笑顔を見せるだけで何も言わずに立ち上がり、


「おう、動いてええどボンクラ」


 律儀にも五軒邸の言いつけを守っていた大神が埃を払いながら立ち上がり、


「い、いいってことヨ。オメーと俺の仲じゃねえか、つってもそれも今日でシメえだがな」


「オドレとはとっくに縁切れとるやろがい」


 大神は人差し指を左右に振りながら舌打ち、


「見ろヨこの人数、このチームをここまでデカくしたのはこの俺様だ。今までオメーに媚てきたがここで終わりしてやる。二代目列怒妖精レッドエルフ総長の名においてオメーを叩きのめしてやる。無論、コイツラを使ってな」


「末席汚すだけのシケ張りごときが誰に断って襲名しとんじゃい。まーええ、今宵限りでオドレラぶっ潰したる。ドサンピンの寄せ集め集団になってもた烈怒妖精は今日限りで終いじゃ」


「オイオイ吠えンのは勝手だが、どーやってこの人数ぶっ潰すてンだ、アン? オメーがひとり増えたところで状況はなンも変わっちゃねえ、潰されンのはオメーラのほうヨ」


「美夜、ケツ持ちはワシに任せとけ、お前さんは心置きなくこの三下のタマったらええ」


「礼子殿、この借りはいずれ」


「オイ俺の話聞いてンのか!」


「固いことは抜っきゃで兄弟。ンじゃま、あんじょうそっちは頼むでえ」


 と最後まで大神を相手にせず、美夜と背中合わせに立ち、


「オイ、オメーラアアッ、出張る準備出来とンやろうなアアアアッ!」


 そこで大神たちの後ろから津波のような怒号と、テレビで聞いたことのある、バイクの甲高い爆音の旋律が店内に撒き散らされる。


「この直管コール、まさか……ッ」


 大神は何か感づいた様子で辺りをキョロキョロと見回しはじめる。

 五軒邸がその爆音に向けて大声を張り上げ、


「急に呼び出して悪かったのォ、こっから仏血義理ブッチギリモード全開で行っから夜路死苦ヨロシクッ!」


 周りの手下共は、こちらに向けて照らされるまぶしい光に手をあて、怒号に揺れる店内と正体不明の存在に慌てふためいている。

 五軒邸は一体どこの誰を呼び出したのであろうか。


「リアルの世界でお前らと集会開くんはこれがはじめてやのうッ! お前らにとって今からとっておきの時間じゃ、アッチの世界でお馴染みの血みどろの集会じゃ夜路死苦!」


 あっちの世界ということは俺の知る限りではあの世界のこと。つまり今ここに来ているのは、五軒邸がSAOソードアーツオンラインの世界で立ち上げたトップギルド「レッドエルフ」のメンバーたちだというのだろうか。


「車崎ッ、初代の連中ゴネんかったか? ワレだけに泥水被らせて悪かったのう! オラお前ら気合入れてもっと回さんかい!」


 その言葉はこっちの世界での烈怒妖精を意味していた。五軒邸が二年前に解散させた暴走チームも来ているということなのか。

 この短時間でどうやって呼び出したのか。

 この光の向こう側に、一体どれほどの人がいるのだろうか。


 五軒邸は木刀を高々と上げ、


「大義があろうがなかろうが! 血の雨降らすは義理のため! 正義やないが悪でもない、楯突くヤツは誰でも上等! 行くぞオメーラああッ! 我ら天下無敵の烈怒妖精――


「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ」

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