目標、我が白銀城に跋扈した雑兵どもの殲滅
「先輩、遅くなっちまってごめんな」
「うああん、姫騎士こわかったよう」
顔のすぐ近くに七花の顔があった。
涙で潤んだ大粒の瞳は、腫れたように赤くなっていた。
愛しさがこみ上げてくる。
――こんな目に遭わせてしまうなんて。
「先輩、俺色々考えたけど、さすがにもうこうするしかねえわ。そのかわりアンタは、俺が死んでも、守り通してみせる」
「し、死ぬって……なんでそこまで?」
「それは俺のセリフだっつーか……まあ、テメえより大事なモンが見つかったてことだ」
七花はその言葉を耳にした途端、なぜか顔を赤らめて目を逸らし、
「ほ、本日をもってお前はウジ虫を卒業する。よって本日からお前は……み、みみミーを守る海兵隊員となった」
「フフ、これで地球最下等の生物じゃなくなったわけだ」
「は、話には続きがある、最後まで聞いてくれ」
いつものアニメ声に戻っていたのに安心した。
無言で頷き、七花を見つめる。
「友の絆に結ばれるお前がくたばるその日まで、どこにいようと、何があろうと、ミーはお前の友達だ。だが肝に命じておけ、我々は互いのために命を惜しみなく賭けあうことを、そしてひとりでは決して死なず、共に生きて勇者の故郷に帰るということを。海兵隊員の絆は永遠だ、すなわちミーたちは永遠だ」
俺たちは声を合わせて笑った。
「よ、よくもエージを……オイ野郎共ッ!」
大神だった。
チラリと面を上げると、弟の方はまだ失神していた。
――これで俺も終わりか。
とはいえ、元よりこうなることは覚悟の上だ。こうして掛け替えのない友を助けることができただけでも、
大神はビール瓶をステージに叩きつけ、
「こ、こっ、このガキ共を血祭りに上げろ、遠慮なくブッ殺せええええッ!」
襲撃に備え、殊更に身を硬くした。
大神の鼓舞で息を吹き返した手下どもが雄叫びを上げ、武器を振り回しながら俺に向かって走ってくる。
ホールの椅子とテーブルを蹴散らし、ものの数秒でこの場にたどり着き、武器を振り上げ――、
どこまで耐えきることができるか。
「グッ」
早くも意気地を砕かれる無数の打撃が背中を襲った。
足蹴にされるのはまだいいほうで、木刀や鉄パイプといった何世代も前の不良共が用いていた武器による打撃は堪え難いものがあった。
頭から頬に伝ってきた血が、七花の頬に花を咲かせる。
「姫騎士!」
「こ、このぐらい傷、問題ねえ。この前、クソ神にやられたときの方が、よっぽど痛かった」
とは言ってみせたものの、正直言ってかなりきつい。本当に殺されるのではないかと思う。いずれにせよ、七花にこの攻撃が当たらないようにしなければならない。こいつらが、暴力に早く飽きてくれることを願って耐えるしかない。
――シグルド、俺に友を守る力を。
彼女の頭をさらに庇うように抱き、
「じっとしてろよ、シルヴィア」
言った瞬間に気づく。
なぜ銀色の姫君の名が出てしまったのだろう。最低だ。迂闊にほどがある。
次の瞬間、いつものお叱りが飛び出るのを覚悟した。
ところが、七花は驚いた目で俺を見て、
「こいつはたまげた。なんでミーの真名を知っているのだ……?」
「は? ど、どういうことッスか?」
「シルヴィアは、ミーの隠されたミドルネーム。黄猿島に来てからまだ誰にも明かしてない、ミーだけのひみつ……」
「てことは、七夏・シルヴィア・七花、てのがフルネーム?」
七花がコクリと頷き、
「ダディが真名は誰にも言っちゃダメだって言ってたのだ。気心が知れた戦友、もしくは……」
そうか、両親は日本人って聞いてたけれど、アメリカ生まれだからミドルネームがあるのか。
思わず苦笑が漏れる。
彼女はなんでこう型破りなのだろう。出会ったときからそうだった、ヘンなマスク被ってエアガンぶッ放して、素顔見せたら銀髪で、それで、キスして。
――奇しくも、フェンリルを倒し、シルヴィア姫を救った、てことか。
「な、なんで笑う、そんなにヘンか?」
「なんでもねーよ。ぐあっ、コイツら調子に乗りやがって、手加減くらいしろっつーの」
繰り返される殴打の集中豪雨。終わる気のしない打撃の大嵐は、俺の頭や、背中、わき腹、そして尻に絶え間ない痛みを供給していく。武器を使われては意味合いが薄れてしまうが、厚着をしてきて正解だったと思う。
口の中に充満している鉄錆の味。脳内を
意識が朦朧として痛みの感覚が薄れてきた。そろそろ本格的にやばい気がする。
まだ飽きてくれないのか。
そこで不意に目が開き、群がる学ランの隙間に、ある物が見えた。
――!
一瞬目を疑った。
目を瞬いてもう一度よく見る。
素足に深紫色のフレンチヒールを履いた、女性がいた。
「だ、誰だアレ?」
考える。
手下どもの中に女なんていただろうか。
いや、いない。
俺を搦め取っていたデブと痩せ型以外はみな屈強な戦士に見えたたし、七花を捕らえていたやつらなんて、二人とも改造制服の刺繍からして修羅味がかっていた。ようするに、たとえここに女が紛れ込んでいたとしても、顔面ランボーで一騎当千の女戦士に違いなく、あのような小股の切れ上がった女性は存在していなかったと断言できる。
ということはつまり、これはすでに死期が近づいていて、天使がわざわざお迎えにきたという証拠ではないのだろうか。
まて、よく考えてみると素足にヒールを履いた天使なんて聞いたことがない。いや、実は知らないのは俺だけで、最近の天国ではそういうスタイルが流行っているとしたらどうだろう。
もっとよく観察してみようと、視線をさらに上げてみる。
鼠色の丈の短いプリーツスカートに、濃紺色のブレザー、そして紫色のタイ。
最近の天使は下界の趣向まで取り入れているということだろうか。それにしても、あの制服どこかで見た記憶が。
「ってありゃ夢高の制服じゃねーかっ!」
朦朧としていた意識が一気に覚醒した。
彼女の出で立ちは、夢高の制服だけではなかった。
肩に羽織るは、下士官最上位を表す三ツ星肩章付き昭和十三年式憲兵マント。頭に被るは、赤帯に一番星煌めく四五式軍帽。そして、腰に佩くのは、国防色の木鞘に守られた九八式軍刀であった。
完璧に見覚えがあった。
なぜならば、あれらの物は全て俺が、ネットで落札したものだから。
お使いのモニターによっては実際の色とは異なって見える場合あります。お客様の都合によっての返品はお受けできません。ご注文のタイミングによっては品切れとなる場合もございますのでご了承ください。
背中越しに胸を押し当てられ、右手で操作していたマウスを上から持たれ、もっとこのままでいてほしいという願望に屈し、買い物ボタンをチェックされた。配達手数料は無料だった。代金引換かコンビニ前払いかで迷い抜き、俺の小遣いを親父に前借りさせようとしたところで揉めた。
「ま、まさか」
軍帽を目深にかぶったその女天使は、どこからともなく吹き荒れた一陣の風に、漆黒の長髪とマントをはためかせながら、直立不動の姿勢を取って腕を組み、堂々たる態度でホールの中心部に屹立していた。
「目標、我が白銀城に跋扈した雑兵どもの殲滅。朽ち落ちた肉体より出でる穢れた魂をも粉砕し、十万億土の地へと還さん」
彼女は天に向かって右腕を突き出し、
「連、続、射、撃……各っ個に――ッ、」
そして、勢いよく前方に振り抜き――
「
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