なんで俺がこんな目に

 大神たちが入室した後、酒と料理の注文が殺到した。来店客も除々に増えていき、店内は、スピーカーから流れる陽気なJポップのように活気を取り戻していく。

 せわしく店内を駆け回っていると、あっという間に時間が過ぎ、時計を見るといつの間にか夜の七時になっていた。

 部屋の出入りの度に聴こえていたカラオケの喧騒も落ち着き、BGMが店内を覆っていた。


「じゃ、俺トイレチェック行ってきます」


 と、厨房で後片付けをしている五軒邸に向けてそう言ったのだが、なぜかPOSレジを操作していた美夜が振り返り、


「うむ、ペーパータオルの補充と水場回りの水滴の拭き取りも忘れずにな」


「俺は礼子さんに言ったつもりなんだが……てなんでお前がそんなことまで知ってんだ!」


 ビール箱を椅子にして座っている美雨が、新規会員リストのチェックを終えて振り返り、


「おにいちゃん、ボクも一緒にイってイイ?」


「お前はどこにもイかんでいい、ここにジッとしときなさい」


 クッ、こいつらペーペーのくせしやがって、俺以上にしっかりと仕事をこなしてやがる。なんか無性に腹が立つ。

 そこへ七花がカラオケのリモコンを手に持って現れ、


「なーなー姫騎士の妹、タッチパネルの感度を調整したいのだが、リモコンの裏画面てどうやって出すのか教えてくれ」


「素人にンなこと聞くフツー? 知るわけねえだろ!」


 ところが美雨はその質問にあっさりと、


「曲番入力画面に切り替えてコマンド0001を入力、BOMボタンを押してみて」


 七花はその通りにリモコンを操作し、


「おおー、お前天才だなー。パイパイスキーより1000倍役に立つ」


「なんで俺も知らんことお前が知ってんねん! てかアンタそれでも先輩か!」


「ちなみにそれは私が教えたのだが」


「もーええ!」


 彼女らに関わっているといつまでもチェックに行けない。足早に受付を出てトイレへに向かった。


 それにしても、五軒邸の計画には参った。女子大の友達を集めての女子会。急遽思いついたとはいえ今日の明日で本当に100人も集めることができるのだろうか。凄すぎる。というか友達がそんなにいるなんてうらやましすぎる。何人か紹介してもらえることを祈ろう。

 トイレットペーパーを三角折にして、手洗い場の紙タオルを補充。言われた通り、飛び散った水滴を拭き取り、壁がけしてある清掃チェック表に名前を記入した。


「莫大な売上げに食いつかせて捕らえる作戦、か。もうあいつと関わりたくなかったんだけどなぁ……でも店の進退がかかってるしなぁ……ま、礼子さんいるし何とかなるか」


 と鏡に映る自分に向かって気合を入れ、トイレから出ようとドアノブに手を掛けた。ところが逆に外側から扉開き、


「オオ、姫チャン、偶然だな」


 大神だった。

 彼らの部屋には近づかず、できる限り避けていたつもりであったが、まさかこんな所で出くわしてしまうなんて迂闊にも程があった。

 扉は無情にも、外界からの侵入を拒むかのようにゆっくりと口を閉じた。大神は狙った獲物は取り逃がさんとばかりに俺を奥の壁に無理やり追い詰め、行く手を遮るように壁に両手をつけて睨む。


「あの、仕事があるんで早く帰らないと……」


 大神は、隣にある個室の板壁を叩きつけ、


「いきなりバックレきめようってのかヨ、相変わらず礼儀知らねえ野郎だなオメーは」


 あからさまなこの態度。分かりきったことだがやはりあの謝罪は口先だけであった。

 思い知る。こんなやつが反省なんてするわけがない。七花は微塵も疑うことなく、それに気づいていたのだ。

 腹の底が冷たくなる。心臓が早鐘のように叩かれる。火傷の痕がズキズキする。そしてまた、あの頭痛が。

 そこで再び扉が開かれる。大神は後ろを振り返り、


「オウ、オメーラか」


 新たに現れたのは四人。狭っ苦しい小部屋の中に、まるで原子配列かのごとく男六人が密集する構図となった。体臭から滲み出る酒のにおいと柑橘系の芳香剤とが混じった臭いに強烈な吐き気を覚える。逃げる隙間を埋め尽くすように、柄の悪い連中が大神の後ろを固めた。


「今よー、俺の大切なトモダチに謝ろうとしてたとこなンだヨ。なあ姫チャン」


 とても謝る態度には見えなかった。

 大神は震える俺を見てニタリと笑い、


「そンな脅えンなって、今も言ったが俺は謝りに来たンだぜ? こんな風になッ!」


 視界が闇に閉ざされると同時に耳鳴りがなり、遅れて前頭部に重い痛みが波のように伝わってきた。


「おお痛てえ、オメー見かけによらず石頭だな、お、そーだいいこと思いついたぜ、オメーラも謝ンの手伝ってくれヨ。オイ、誰か外で見張ってろ」


 その呼び掛けに奇声を上げて仲間たちが賛同した。そして「ごめんなさい」と口先ばかりの謝罪と頭蓋を一方的にぶつけるという暴力が、俺の頭上を目掛けて大雨のように降りかかってくる。まるでハンマーで叩きつけられているかのような、芯に伝わる痛さであった。手で防いでも、容赦なくその上から代わる代わる叩きつけられる。固く閉ざした目蓋をこじ開けるように涙がこぼれ落ちる。


 こいつに殴られる覚えはない。なのに、なんで俺がこんな目に遭わなければならないのだ。


「ぐあ……ッ」


 初めは頭だけであった。やがて手も足も出しはじめ、人情味の欠片もない暴力が、腕や腹部に襲い掛かる。


「オイ、顔はやめとめヨ、アイツラにバレると厄介だからな、特にあのチビは要注意だ、容赦なくぶっ放してきやがるからな」


 理不尽な暴力は弱まる気配もなく加速の一途を辿る。

 痛みの感覚が薄れていく。

 まるで幽体離脱でもするかのように意識が遠のいていく。

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