面接バトル開始!

 彼女は俺のツッコミを無視して腰のホルスターに拳銃をしまい、テーブルの上に置いていたトレーから三人分のコースターを静かに置いていく。最初からそのつもりとはどういう性格してんだこの女。てか接客は!


「気が利くね七夏ななつくん。ありがとう」


 彼女は想像とかけ離れた淑やかな動作で店長に会釈を返し、俺の湯飲みから茶を注いでいった。その動作を訝しげに見ていると、突然ズイッとにじり寄ってきて耳元でボソッとこんなことを呟いてきた。


「いーかよく聞けアースホー。店長が何を言おうとミーが見定めるまでここを梃子でも離れんからな。……ふぁっきゅ」


 そして親指で首を切り落とすジェスチャーで俺を威嚇したあと、店長の隣につき、


「店長お疲れさまです。Please have some drink. ふひ」


 と言って笑顔を振りまき、俺を横目で見て鼻で笑う。


 カーッ、なんなんだこのあからさまな態度は。俺の時と全然違うではないか!


 彼女の世渡り上手加減に苛々としていたら、店長が面接の再開を申し出てきたので、ここにいても不要の人物を一瞥してから渋々それに応じることにした。


「では質問――」


 よし、とにかくここは気持ちを入れ替えて面接に集中しよう。ひょっとすると店長はこの苦境をどのようにして乗越えるのかを見ているのかもしれない。俺の隣に図々しく座っているメイドチビを見ると、お構いなしに茶請けまで口にしていた。ムカツクがこいつのことは無視して、ここで俺のいいところをアピールして――


「コスプレはしたことありますか?」


「……は?」


 そこで突然、俺の隣で茶請けを頬張っていたチビが小学生のように立って手を上げ、


「はいはいはいはーい!」


「はい。では七夏くん」


 ――え、こいつ関係ないやん。


「だいぶん前だけどミーはありまーす」


 と俺を見て嫌みったらしく笑って座る。

 なんだかすごく負けた気がするのはなぜなのか。


「ちょ、なんでお前が答えるんだよ。つかなんですかその質問?」


「え……姫騎士くんはないの?」


 店長が怪訝な顔で俺を見る。


「いや「え」て……そんなのナイにきまってるじゃないですか」


 するとチビが勝ち誇った顔で、


「コスプレのメッカの国に住んでるくせにお前はオクレてるな。ふひ」


 ぷち。


 面接という緊迫した状況。意図がつかめない質問。好戦的な横やり。それらが俺の脳内で絡み合い、抑え込んでいた感情が一気に爆発した。


 くっそおおおおッ、なにがだいぶ前だ、今もしてんじゃねーか!


「て、店長、次の質問お願いしますッ!」


 とにかくこいつにだけは絶対に負けたくない。


「では質問――、あなたは女装したことがあり――」


「はいはいはいありますありますありまーすッ!」


 もはや早押しクイズのような要領で机を激しく叩いて質問に答えた。指名される前に答えてやった。その勢いに驚いた二人が目を丸くしている。


 ――フン、俺の勝ちだ。


 すると店長はハッと目覚めるように意識を取り戻し、ボールペンの尻をカチッと叩いて別のバインダーにとじていた調査票のような紙に何かを記しながら、


「女装遍歴アリ、と。……よし」


「え? いや、あの、違うんです!」


「Get the fuck out of here. そ、そーいえば。北の男兵士どもが国境沿いで人目も忍ばずちちくりあってる動画を見たことがあるぞ。あの乙女受けの男はお前だったかぶわはははッ」


「んなわけあるかあああッ!」


 くっそおおおおおおおおおやられたあああああああああッ!


 言い返したいこと、ツッコミたいことは山ほどある。だがあえて言わない。こうなったら徹底的にこいつと勝負してやる。


 こうして彼女との面接バトルの火蓋が切られたのであった。


 質問内容はどれも意図が見えないのは相変わらずで、「日本の首都は東京、ではリトアニアの首都はどこ?」「クトゥルー神話における、大いなる白き沈黙の神とは誰でしょう」「過去に行けるとしたらどんなことをしますか?」など。その都度隣のチビ助とムキになって言い争い、いつしか問題の内容などそっちのけで、先に手を上げた方が1ポイント加算されるという意味のわからないルールまでが自然発生して場はさらにヒートアップ。店長もノリノリだった。二人とも汗まみれになって鎬を削り、店長が詠唱を唱える魔法使いのように声を張り上げる。


 最後の問題だった。


 二人は同時に手を上げた。が、ミリ単位の判定負けで回答権は彼女の手に渡ってしまう。彼女は力尽きる寸前のように声を張り上げて答えを言った。質問の内容は「おかずがないとご飯は食べれないタイプですか」それに対する答えは「食べれます。ふりかけがあると三杯までおかわりできます。ふひ」であった。俺は頑張っても二杯。完敗だった。


 俺たちはとうとう力尽き、バタっとテーブルに上半身を預け、荒くなった息を整える。


「の、能無しだが根性だけは認めてやる」


「そ、そっちこそ」


 俺たちはアイコンタクトをとり、互いに健闘を称えあった。


 ここにきて、もはや勝ち負けはどうでもよくなっていた。逆にある種の友情めいたものが芽生えはじめようとしているのかもしれない。


 ――て、まて。何か違うぞ!


 なぜ今ここにいるのか。それを心の奥で反芻し、これまでの経緯を遡って考える。


 ――そうだ、俺はこんなことをしに来たのではない。面接にきたのだ!


 彼らの雰囲気に飲まれ、本来の目的を失っていた。なんでこんなくだらない質問をまじめに答えていたのだろうか。

 全部このチビのせいだ。こいつがここでのさばってるから周りが感化され、このような事態が起こるのだ。


 彼女はいつの間にか起き上がり店長とだべりながら茶請けを口に運んでいた。その様子を忌々しげに眺めていると、


「ふひ、さっき入ってきた死にぞこないのおじぃ共からもらった煎餅だ。ほれお前も食え」


 と煎餅をほり投げてよこすが、そのまま殴り取ってテーブルの上に叩きつける。


「クッ、危うく流されてしまうとこだった……。てかあんたいつまでここにいるつもりだよ? 客来てんならなおのこと、ここにいちゃダメなんじゃないのか?」


 従業員でもないのにこんなこと言っていいのだろうか、と言った後で少しだけ後悔したが、面接を疎かにされたことに気が立っていたし、投げやりな気持ちにもなっていた。店長はそれに対して何も言ってこないばかりか笑顔のままでじっと俺のことを見ている。


「心配するな。何かあったらここからでもコール音は聴こえるし霊柩車だってすぐに呼べる。あー、このドアを開けてるのはそれなりに意味があるのだ。ふひひ」


「お前が壊したんだろ!」


 ほんの数十分前では考えられないくらい堂々とした発言だと我ながらに思う。もう店長が目の前にいようがお構いなしになっていた。


「ミーはまだお前を見極めてないぞ。今度はミーからの質問に答えるのだふひひ」


「だからなんでそうなるんだ!」


 我慢の限界だった。


 多分こいつはこの店にとってのガン細胞なのだ。それも末期の。チクってやる。多分だが、こいつさえクビになればこの店はもっとよくなる気がする。そうだ、それが店のためであり、こいつ自身のためでもある。世の中の厳しさってやつを俺が教えてやろう。


 息を整えて立ち上がり、

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