おにいちゃん、いってらっしゃい

「んじゃ行ってくる」


 自宅の軒先で自転車にまたがり、美夜たちに別れを告げたのには訳がある。

 何を隠そう、今からバイトの面接に向かうところなのだ。


 俺は端的な挨拶を交わしサッサとこの場から離れたかったのだが、妹がそれをよしとせず、クソミミズを入れた虫かごを大切そうに抱えながらこんなことを言ってきた。


「いぎ、おにいちゃん。バイトだったら店長に頼んであげりゅのに」


 こ、こいつ……俺にアイツを殺させたいのだろうか?


「あんな所で働くかッ。美雨、もうあんなとこ行っちゃだめだからな」


 すると一体何を勘違いしたのか、美雨は半開きの口元から色っぽい吐息を漏らしながら俺に寄り添い、


「止めれば止めるほどイギたいという欲求を高めるすんドめプレイを白昼堂々と口にしちゃうなんて、おにいちゃんもだんだん淫を踏むのが上手くなってきたね。んほぅ」


 殺そう。


 愛しい妹がこんなになったのは全部あいつのせいだ。いつか殺してやると誓いを立てる。美雨はそんな俺の気も知らずのん気にヨダレを拭っている。

 すると今度は美夜が、妹を優しくたしなめながら久方ぶりともいえる長女らしい発言を俺に、


「美雨、今からお前のお兄ちゃんは我らのお小遣いを稼ぐために旅立とうとしているのだ。ここは慎ましく見送ってやろうではないか」


 してこなかった。が、辛うじて想定の範囲内であった。これまでの俺なら周りの目も気にせずまくし立てていただろうが、今日は俺のバイトが決まる晴れの日であり、この程度の三文ボケで心ゆり動かされるようではバイト戦士として食っていけないのだ。

 深呼吸して平常心を保つように努め、


「さ、もう行くからな。面接で遅刻とかありえんし、早く行かないと」


 今度こそはと愛車にまたがりペダルに足を掛ける……のだが、美雨がすかさずその言葉に食らいつき、俺の殺意を挑発するようなことを言ってきた。


「すんドめを欲求するくせに自分は早くイってボクの欲求を最大限に高めるという変態プレイをご所望ですか。さてはボクに「いれたい」としか思わせないようにするつもりでしょ、このヘイタイおにい!」


「タイム!」


 中断が認められたので彼女たちから背を向ける。理性崩壊寸前五秒前であった。


 ハゲ店よ、夜道を歩くときはすべからく背中に気をつけることだ。どのタイミングで襲われるかは貴様の運次第だからな! と脳内で復讐を叫びながらも、かなり荒くなっていた呼吸を肩で整え、無理やり笑顔を作って振り返り、


「コホン、美雨。兄ちゃんは早くもないし変態でもないぞ。じゃ、ソロソロ行くからな」


 すると今度は美夜が乗っかかり、


「ネトゲでも早漏ソロプレイが得意なみかどお兄ちゃん。イってらっしゃい」


ソーローso long、おにいちゃん」


 プチ。


「早漏なんか言うてないやろがこの変態エロ姉妹! お前らが他人やったら今頃家に監禁して令夢と夕香のカッコさして中だし固めで死ぬまでイカ――あ」


 気がついた時にはもう遅かった。

 隣の奥さんがタイミングよく家から出てきて俺をガン見している。


「あ、いや、あの、ち違うんです奥さん、ちょっと聞いて――」


「キャアアアアアアアアアアアアッヘンタイイイイイイイイッ!」


 バタン。(扉が閉まる音)

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