不器用なんだから
「
あんな野暮臭い女のために、という言葉は辛うじて呑み込む。
それを言ったら、こいつは余計に意固地になると知っているからだ。
「もう潮時なんだよ」
まだ春と呼ぶには冷たい風の吹く青空の下、阿信の切れ長い目には光るものがあった。
「このままこの世界にいたって、お前はともかく俺みたいなグズは遠からず消されるのが落ちだ」
伏せた瞳が俺の新調したばかりの洋物のスーツと革靴に注がれる。
そうすると、何故か立派な上っ張りを着ているはずのこちらが惨めな立場に思えた。
「これからはもっと希望のある暮らしがしたい」
乾いた冷たい風が音もなく俺と阿信の間を吹き抜ける。
二人で
「彼女の故郷で飯屋をやるから、いつか来てくれよ」
毛羽立った古着の、しかし、今までになく背筋をしっかり伸ばした阿信の背中が遠ざかる。
向こうにはいつの間にか古ぼけたカバンを手にしたあの女が来て待っていた。
*****
「阿信、具合はどうだ?」
この病室は最先端のこの病院でもVIPクラスだ。
「随分いいよ、ありがとう」
ただし、病人は誰の目にももう望みがない。
「俺たち、世話になってばかりだな」
阿信が呟くと、傍らの椅子に腰掛けていた娘も黙って頭を下げた。
「女房が病気で死んでから、親子二人でやってきた店も抵当に取られちまって」
阿信の一人娘は、あの女そっくりの垢抜けない姿形をしている。
ただ、伏せた目だけがこいつと同じ澄んだ切れ長の瞳だ。
阿信は窓の外に広がる青空に寂しく笑った。
「堅気になっても下手打ってばかりだ」
心の中でだけ呟いたつもりの言葉が、口から転げ落ちる。
「だからやめとけって言ったのに」(了)
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