ちいさなおともだち
――あーあ。
また脚の付け根が痛くなってきて横向きにソファに寝転がる。
すると、お腹の中から蹴り上げる振動が伝わってきた。
――そろそろ出てきて欲しいよ。
予定日まであと三週間だが、寝ても覚めても息苦しい。
数歩も歩けば脚の付け根が痛む。
横向きに寝転んで下になった右腕が鈍く痛み出したので寝返りを打つ。
そうすると、後れ毛が首筋に掛かった。
――鬱陶しい。
妊娠も後期になると仰向けが苦しいので美容院にも行けなくなる。
おかげで天然パーマの髪は伸び放題だ。
――あんたは似ないでよ。
呟きながらお腹を撫でる。
お医者さんの見立てでは女の子らしい。
母親に似て天然パーマの赤っぽい髪となると、色々と苦労が多くなるはずだ。
小学校の低学年まではあまり気にしなかったが、高学年にもなると「どうして真っ直ぐな黒髪じゃないのだろう」と悩むようになった。
中高生の頃はショートカットにしていた。
不良だから染めてパーマをかけているのではなくもともと赤味のある天然パーマだといちいち説明するのも面倒だったからだ。
大学に入ってからは定期的にストレートパーマをかけた。
「天然パーマは可愛い」と言われることもあるが、正直、自分がそうだと単なる気休めとしか思えない。
「縮毛矯正」という字面を見るたびに、「やっぱり縮毛なんて邪道なんだ」と思う。
小さな頃、一番お気に入りだった着せ替え人形のジェニーもブロンドの直毛にパールピンクのドレスを着ていた。
思えば、あの時点でも、それが一番「正しい美しさ」に見えたのだ。
――ただいま。
香ばしい匂いと共に夫が帰ってきた。
皮肉なもので、この人は男なのに「鴉の濡羽色」という形容がピッタリ来る艶やかで真っ直ぐな髪をしている。
それは子供の頃からずっと変わらない。
――ありがとう。
今日は台所に立つのも辛いのでお弁当を買ってきてもらった。
――あれ、それは?
明らかに弁当ではない小さな袋入りの箱。
――ちょっと早いけど、おもちゃ買ってきた。
一見してリカちゃんの小さな妹分と分かるお人形だ。
四、五歳くらいのあどけない顔に波打つ焦茶色の髪、赤いリボン付きのワンピースを着ている。
――『あおいちゃん』て言うんだ。
私が子供の頃には見かけなかったお人形だ。
箱に書かれたプロフィールによればリカちゃんの双子の妹ミキちゃん・マキちゃんの幼稚園の友達らしい。
設定としては脇役の更に脇筋的なポジションだ。
だが、このお人形はこの単体で十分完成して見える。
全員とも金髪のリカちゃん姉妹に対して、この子はやや赤味を帯びた焦茶色の髪が飽くまで日本人として愛らしい風貌に思えた。
真っ赤なリボンを付けたホットピンクの水玉模様の白ワンピースも映える。
金髪のリカちゃん姉妹の衣装にはピンクや水色などパステルカラーが多いが、このお人形には赤や青などはっきりした色が似合う。
――ちっちゃい頃の君そっくりだろ。
彼の手が私の後れ毛を撫でる。
お腹の子が代わりに返事をするように蹴り上げた。
――こんなに可愛かったかな?
確かに小さな頃は生(き)のままの縮れ毛をバサッと下ろして真っ赤な苺模様のワンピースをよく着ていた気はする。
相手は昔、「また遊ぼうね」と約束した時の笑顔になった。
――またこんな子が生まれてくる気がするんだよ。(了)
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