スチュワーデスのお姉ちゃん

 ――やっぱり、彼と一緒にアントウェルペンに行くことにしたの。


 ――そうなんだ。


 予想した展開ではあったが、どこか寂しく気抜けしていくのを感じる。


 子供の頃から親戚の中でも飛び抜けた美人で客室乗務員になり、四十半ばになった今まで独身を通してきた従姉。


 一回り下の私は人並みに結婚して小さな子供の母として生活する一方で、この人はファッション雑誌に登場するような洗練された大人の女性であり続けてきた。


 その彼女がベルギー人の恋人と結婚して職も辞し、彼の国で暮らすという。

 写真でしか知らないが、まだ三十そこそこに見える彼女と並ぶと父親と見紛う銀髪紳士だ。


 ――あれ、リカちゃん?


 私の隣で三歳の玲奈(れな)がガラス張りの飾り棚を指す。


 ――れなもリカちゃん、持ってるよ!


 お気に入りのピンクのサテンドレスを着せた人形を見せる。

 これは今や三歳の娘がどこに行くにも連れ歩く友達というか、小さなお姫様だ。


 従姉は飾り棚に目をやると微笑んだ。


 ――あれはリエちゃん。リカちゃんのお姉さん。


 ガラスの向こうに立つ人形は短くカールした金髪にネイビーブルーの制服を纏っている。

 星の入った瞳といい、やや下膨れの輪郭といい、どこか古い少女漫画のキャラクターじみた顔つきだ。

 このお姉さん人形は、私が子供の頃にももう売ってなかった。


 ――伯母ちゃんのママが昔買ってくれたの。


 ママ、の部分だけ従姉の声が少し甘える風に高くなり、笑顔に微かに悲しい色が混ざった。


 ――このお人形さんみたいにスチュワーデスになれば、オランダのパパに会えるって。


 従姉はガラス戸を開けて中の人形を取り出す。


 ――だから伯母ちゃんも乗務員になったの。


 間近で見ると、ブルーの制服は布地が古びて傷んだ感じが目立った。

 真新しいリカちゃん人形と比べると体全体も何だかアンバランスに見える。


 ――オランダのパパに会えたの?


 小さなスチュワーデス人形を見詰める玲奈の声が不安げになる。


 ――会えたよ。


 従姉は微笑んで小さな玲奈の頭を撫でた。


 ――スチュワーデスになってすぐ、向こうから手紙が来たから。


 それはアムステルダムで再婚していた父親の葬式の知らせだった、と傍で聴く私には分かる。


 ――それからは日本と外国を行ったり来たり。


 古びたネイビーブルーの制服を纏う姉人形が真新しいピンクのドレスを着た妹人形に近づいては遠ざかる。


 ――それでも、伯母ちゃんのママは喜んでくれたけどね。


 去年、母娘で暮らしていたこのマンションの部屋で母親が一人冷たくなっていたのをフライトから帰ってきた彼女が見つけた。


 ――ずっと、このおうちでもスチュワーデスの制服を着てたの。


 薬指にシルバーの指輪の光る彼女の手が、人形の傷んだ制服のスカートから抜き出た細すぎるほど細い二本の脚を撫でる。


 ――新しいおうちに移ったら、お姉ちゃんにも新しいお洋服をたくさん着せる。(了)

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