蝶に似て、風に立つ。
――フエーン?
問い掛けさながら語尾を高く上げる泣き声だ。
――はいはい。
僕は道の端にベビーカーを停める。
――フェーンフェーン。
十ヶ月の
――抱っこだね。
ベルトを外して抱き上げた。
小さなベビー服の背が熱い。
僕の頬を叩く小さな手も温かい。
これは、少しあやせば寝入るサインだ。
――アーアーアー。
耳元で叫ぶ赤子を抱き直すと、ふと近くの草むらに咲いた赤い彼岸花の一群が目に入る。
――茜、彼岸花だよ。
細く切り裂いた風な緋色の花びらから長い雄蕊の突き出た彼岸花を目にすると、いつも蝶の変種のように思える。
じっと眺めていると、真っ赤な花が茎からぱっと飛び立つような気がしてくるのだ。
――綺麗だね。
普段はどうということもない道脇の草むらに妖しい灯が点ったようだ。
――去年は三人で見た。
君はまだママのお腹にいたけれど。
――ママもお空から見てるかな。
嘘のようにスヤスヤと眠り出した赤子のふっくりした頬を撫でる。
風が音もなく血の色の花を揺らして、僕は腕に抱いた温かな重みを庇う。(了)
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