ヴィオラの子供
――ママ、その箱は何?
三歳の奏枝(かなえ)が飛んでくる。
――ヴィオラ。
母は寂しく微笑むと箱を開けた。
松脂の乾いた匂いと共に古びた褐色の楽器が顔を出す。
――ママ、昔、ちょっとだけ弾いてたの。
少し固い面持ちで弓を構え、一気に引くと、部屋に低く優しい音が響いた。
――私もやる!
小さな手が楽器に伸びると、母は柔らかく遮った。
――これはもう古いし、カナちゃんには大きすぎるよ。
*****
――ヴァイオリン?
奏枝は真新しい赤茶色の楽器に見入る。
――ママのよりちっちゃい。
指し示す小さな手にはその「ちっちゃい」楽器すら大荷物に見える。
――ヴァイオリンはヴィオラの子供だからちっちゃいの。
母親の手が小さな頭をそっと撫でた。
*****
――ママ、また新しい曲ひけたから聴いて!
小さな手が弓を弾けば驚くほど高らかに澄んだ音色が流れる。
――毎日、練習ばかりで嫌にならないの?
飾り棚の色褪せたトロフィの脇に小さな真新しいトロフィを並べながら、母親は独り言の様に呟いた。
――ううん!
音色と同じ曇りのない笑顔が答えた。
――だって、とっても楽しいんだもの!(了)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます