焼肉の伴(とも)

 ――よく子供の頃、夕飯がすきやきだとご馳走で嬉しかったとか言うじゃない?

 ――ああ。

 彼女の笑顔に頷きつつ、こちらの頬も釣り込まれて弛む。

 ――でも、私は焼肉の方が嬉しかった。生卵より焼肉のタレに浸けて食べる方が香ばしくて好きだったんだよね。

 本当は少しでも長く向かい合って話したいから夕食には焼肉の店を選んだのだが、思わぬ収穫だ。

 さりげなく、カルビの程好く焼き上がった一枚を取り箸で彼女の皿に移す。

 ――ありがとう。

 こちらに向ける笑顔に何だか済まなそうな色が着いた。

 やはり、自分で思うほどさりげなくは出来なかったようだ。

 ――じゃ、いただきます。

 湯気たつ肉片が彼女の滑らかな桃色の唇に運ばれ、静かに吸い込まれる。

 ただそれだけの光景に、ワッと胸の奥が熱く騒ぐのを感じた。

 ――うちの家族も焼肉好きだから、家でも外でも良く食べるよ。

 ――そうなんだ。

 彼女は唇を静かに拭うと烏龍茶に口を着ける。

 酒は飲めないと前に聞いた。

 君と家族になって、二人の家で焼き肉を食べたい。

 それを伝えるのはまだ早いだろうか。

 舌を焦がさんばかりに熱い肉をビールで喉の奥に流し込む。(了)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る