過去:理性(逆), 現在:解放(逆), 未来:治癒(逆), 援助:信頼(逆), 敵対:生命(逆), 目的:幸運(逆)

 ある雨上がりの朝、鬼瓦くんはふと思いました。「そうか、僕はお肉屋さんになりたい」。それはおそらく、道端で死んでいるミミズの肉色に喚起されたものであったのでしょう。「お肉は死んでいるから美味しくて、僕の欠片は生きているから塩味がする」。そんなことを呟きながら自分の鼻糞を舐め舐め舌先でねぶったなら、それで今日の分のヴィタミン補給は完璧。太陽さんが指先を鬼瓦くんに向け2本伸ばして合図する、今日のブロックサインは「犬が西向きゃ尾は5本、なーんだ? 答えは犬! しっぽが5本の犬!」とのことなので、首を面舵一杯右に傾け走り出し、鬼瓦くんのお肉屋さんになるための修行の日々が始まりました。


 「さあ、お肉屋さんになる為には何が必要ですか?」。鬼瓦くんは自分の右手の人さし指に向けて話しかけてみました。彼の人さし指はわりに物知りです。人さし指が伸び縮みジェスチャーで鬼瓦くんに答えます。お肉でいっぱいになってお肉に融けだしたら立派なお肉屋さんさ。そうか。人さし指が大変素敵なお答えを返してくれたので鬼瓦くんは上機嫌、人さし指に水玉のシールを貼ってあげました。ぺたりんこ。そもそもに、人さし指は鬼瓦くんが必要とする時にはいつも手の先にいるので、そのことに気付くたびに嬉しくなる鬼瓦くんは、皆勤賞として既に人さし指を水玉シールでいっぱいにしてはいるのですが。


 そしてどこからともなく鬼瓦くんはたくさんのお肉を買い付けて、自分のおうち備え付けのプールに次々投げ込みました。25m×6レーン×7 排水口×1監視員の鬼瓦くんちプールは瞬く間にお肉でいっぱいになります。赤身。お肉の。波長が。思いの外に。長い。こんな。ことでは。いけません。よ。鬼。瓦。く。ん。鬼瓦くんはお肉でまんまんのプールに飛び込みました。ぶにょり。ぬちょりとレバーをかき分け、べちゃりとモモ肉を押しのけて、鬼瓦くんは肉のプールに潜ります。「わあ」。「お肉しか見えない」。「僕の二の腕はバラ肉と結婚した。ミンチ肉と僕のスネ毛がマウス・トゥ・マウスで皮膚呼吸している」。存分にお肉に漬かりお肉に融けてお肉になってお肉の先からお肉の先まで私は私を食べて、さてここからが勝負所だ鬼瓦くん、ここからまた自分をお肉から切り離し、プールから上がり地上の世界に戻ってゆくこと、ああ、これがお肉屋さんになるということなのです。


 プールの外からは監視員さんの笛が遠く聞こえます。ぴーぴーぴー。聞こえませ聞こえませ。ぴーぴーぴー。お肉の中は音速が速くって青色に聞こえてしまうの。ぴーぴーぴー。掴まえてご覧なさい。ぴーぴーぴー。鬼瓦くん、音を頼りに藻掻くのです。右脚の次は左手よ。その次は右乳首を左に倒して、十二指腸を斜め右に17回転の捻転を決めて。ぴーぴーぴー。だってお肉は死んでいるのだもの。ぴーぴーぴー。笛の鳴る方へ。お肉は自分じゃないものだから。他の人に分け与えるものだから。地上の世界は赤黒く沈んでいるけれど、お肉の赤色とは違うものだから。私のプリズムをあげるから、それで必死に嗅ぎ分けて、赤。

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