15年
街角でさがすもの
角を曲がった先に見えた人影の髪色は茶だった。しらず詰めていた息が吐き出されて、私は足を止める。地図の見間違いでなければ、探している物件はこのあたりのはずだ。振り返って見れば、地図を持っている皐月はのろのろと人波の中に紛れている。
小綺麗な石畳の街並みは想像していた異世界そのものだ。空に竜が飛び、魔術が科学技術みたいな顔をして当たり前に使われている。この世界に、同じ街に、娘がいる。そう思うと、なんの思い入れも無い街が急に身近に感じられた。娘にはまだ会えない。まだ、そこまで準備ができていないから。
日本で例えるなら札幌ほどの規模の街は、大通りに人が多い。茶に金、赤、緑まで様々な髪色の頭がひしめいている。このあたりに、あおい頭は見当たらない。その中で黒髪、しかも東洋人は目立った。皐月を見失う心配もなく、彼が追いついてくるのを待つ。
夏子葉を通してこちらの世界にいる流風とやり取りし、翼と暮葉、皐月を連れ世界を渡った。この世界なら白伊の手が届かない――文通できている事実とは矛盾したが信じざるを得ない――と聞いたからだった。私は皐月を新しい恋人として連れて行くことと一緒に手紙に書いた。流風に、あなたとは会いたくありません、と。
皐月と娘と三人で暮らせたらいい。それまでにはいろいろあるだろうが、きっと乗り越えていけるはずだ。私はそう思っているのに。皐月はいっこうに人混みから抜け出してくる様子がない。ほんの数メートルなのに。
人混みを成す人波が一通り入れ替わったところで、皐月がやっと追いついた。通り過ぎていく人波の中に、やはりあおい髪は見えない。
「一人で行けば良いのに」
皐月の声が顔面にぶつかる。近頃ろくに眼も合わせず、物理的にも距離をとるようになった。彼は、話すには一歩遠い距離で続けた。
「決めてる物件があってさ。俺はそっちに住むから、颯は住む所一人で決めてほしいんだ」
は、声に出すつもりが、開いた口から空気だけが出る間抜けな音がする。それは人混みの喧噪に紛れて皐月には聞こえないだろう。
「言ってる意味は理解できるよね。環に関しては決めた通りにするけど、それ以外は」
そんな話を、ここで、急に。言い返したいことはあるが、彼の言いたいこともわかった。最近距離を取っていたのはそういうことだったのか。そうか。予感が無かったわけじゃない。だから、就いたばかりの仕事に休みをとって一緒に住む物件を一緒に探しに来た。私はまだ、彼を繋ぎ止めていたいと思っているはずだ。
「颯はこっちに来てからずっと、あおい髪を探してる。あの中とか、あの先とか。うんざりなんだよ」
人混みと、曲がろうとする角の先。私へ一歩踏み出して吐き捨てた皐月の声は、これまで彼から私に向けられたことがないものだ。
そんなことはない。
私は言い返すが、びっくりするほどへなへなとした声は喧噪にかき消されてしまう。
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