-12年
はじめての記憶
ご飯が終わってしまうと、私は部屋に一人だけになる。ご飯とかお風呂とか着替えとか、そういう特別なことは大人と一緒じゃなきゃいけない。私は大人が好きじゃないから、いないほうがずっといい。だって大人達は、笑って本当じゃないことを言ったり、意地悪をしたりするから。
折り紙を教えて貰ったから、昨日も今日もずっと折り紙をしている。昼ご飯を一緒に食べた大人に分からないところを教えてもらって、また新しい見本をもらった。
がさがさ、折り紙を折るのとは別の音が、部屋の外から聞こえてくる。庭からだ。なんだろうと思うけれど、大人と一緒じゃないと部屋から出られない。どうしよう。本に書いてあったみたいな化け物がいたら。
急に怖くなって、ふすまに手をかけた。トイレに行くときみたいに頼めばいいんだ。でも、でも、また怒られたら。怖い夢を見て、怖くて怖くて助けて欲しかったのに、つまらないことで呼ぶなって、また大きな声で叱られるかもしれない。
私は庭のほうへ近づく。ゆっくり、ゆっくり、庭にいる化け物に、私がいるってばれないように。障子をそっと開けた。
庭になにかがいた。子どもだ。私とは全然違う子ども。髪が空と同じ色だ。
きれい。
「えっ?」
子どもがこっちを向いた。じろじろ見て、近づいてくる。なんで。私を見ていなかったはずなのに。
「あれ? 声したのにー」
子どもがきょろきょろしながら縁側に近づいてくる。しまった。きれいって、言っちゃったんだ。
障子を閉めればいいんだって分かっているけど、手が思うように動かない。どきどきして息が苦しくて、からだじゅうが熱い。
閉めなくちゃ。もう見つかってしまう。唾を飲み込んで、しびれたみたいに重たい手を上げた。障子の縁を掴めない。指が動かせない。どうしよう、早く、早くしなくちゃ。
「ねえ、何してるの?」
子どもが障子の向こうに、すぐそばまで来ていて、私を見ていた。
「ねえ」
びっくりした。それに恐ろしくて怖くて、私は声を出すことができない。子どもは何も言わない私をじっと見て、障子を開けた。手を握られて、引っ張られる。つまずいたけど、私は転ばなかった。
一緒に遊ぼう。外の方が楽しいよ。
子どもは確かそんなことを言ったような気がする。私は、私以外の子どもなんて初めて会ったから、とにかくよく分からなかった。でも二人で走ったり折り紙を折ったりするのがすごく楽しかった。そんなことは初めてで、これが楽しいってことなんだと分かったのはもう少し後のことだ。その時の私は男も女も知らなくて、だから知らなかった。このあおい髪をした子どもが、私が生まれて初めて出会った異性だってことを。
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