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 今度こそ力が抜けて、へたりこんだ。頬に触れようと伸ばした指先を、赤ん坊が握る。暖かい。視界がゆらいだ。この重みを覚えておこう、この感触も、この匂いも、この姿も。目の前が滲んでゆれて、見えないのがもったいない。でもこのちいさな手を離したくない。たとえぼやけていても、目を離さずにいたい。鼻が詰まって匂いだってわからない。

「あなたは、『あらし』っていうのよ」

 鼻声で、息が詰まっていた。しゃっくりが止まらない。伝えたいことがたくさんある。元気でいてね、無事でいてね、大好き。忘れないで。

「行こう」

 流風の声だった。いつの間に来ていたのだろう。彼の手が背中をさする。

 ぱっ、嵐が手を離した。父親へ、腕を伸ばす。どうしたあ。甘えた声を出してその手を握る彼に、赤ん坊を押しつける。

たまきを頼む」

 昨晩彼と決めた名前だ。この家を出て、生まれたばかりだけど生まれ変わるこの子の、新しい名前。もしもなにかがあっても、三人がお互いのもとに戻ってこられるようにつけた名前。

 どうして。流風は何度も聞いて、首を横に振ることしかできない私を見て、渋々赤ん坊を受け取った。廊下を駆けてくる音がある。開いたままのふすまから、廊下に夏子葉の姿が見える。早く! 彼女が言う。反射的に廊下を向いた流風が腰を浮かせ、こちらに振り返る。

 行こう。言わせる前に丸まった背を押した。彼はつんのめって、一歩踏み出す。

 行け。行くんだ。出したい叫びはかすれた。屋敷の床が小刻みに揺れている。大勢が走ってくる。早く。

 流風が駆け出す。振り返らず、廊下に出て走り去る。夏子葉がその後ろに続いて走っていった。怒号と銃声が響いて、遠のいていく。

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