5
その晩も彼はやってきた。縁側に這い出ると、今回は抱き寄せられない。それは彼の腕が既に塞がっていたからだった。
嵐を抱いていた。
知らず知らず伸びていた手に、赤ん坊が収まる。寝顔を初めて見た。雰囲気が彼に似ている。
見て。言われて上げた顔にフラッシュの光がぶつかった。じー、音をたててカメラが写真をはき出す。ポラロイドカメラ。
「どこから見つけて来たんだ?」
尋ねるが、腕の中に声がして、ぎょっとした。慌てて起こさないよう腕を揺らす。
再び寝入ったのを確認して、胸をなで下ろす。気付けば彼も腕の中を覗き込んでいた。寝顔を眺めつつく彼の髪から石けんのにおいがする。麻耶と同じだ。
彼は、麻耶と会っているんじゃないか?
全部繋がる。麻耶のあの優越感、昨晩会いに来た彼がどうにかすると言って、翌朝に嵐を連れてきた麻耶。あの不機嫌な態度。
でもどうして。彼は麻耶を特段好きでもなかった。麻耶にだって瑠璃のひとりを好きにできるほど権力をまだ持っていないはずだ。
赤ん坊を前にして浮かべる彼の顔は、見たこともないくらい緩んでいる。いつだって見てくれを気にする格好付けの彼が、だらしなくにやついていた。
今日、夏子葉に彼のことを聞けばよかった。どうしてそこに考えが至らなかったんだろう。私に、今、そんなことを聞く勇気はない。だって、この子が、嵐が生まれて、初めて家族三人が揃って、彼はこんなにも嬉しそうだ。それを全部壊してしまう。
「ええ、考え過ぎだって」
数日後の昼間、嵐を連れてきたのは夏子葉だった。抱くのはまた数日空いてしまったが、赤ん坊はぐずりもせず腕に収まっている。
「麻耶はまだ相手を選べる権利なんてないでしょ」
哺乳瓶に吸い付いて、必死にミルクを飲むさまから眼が離せない。きょろきょろするビー玉の様なくろい眼が、顔を近づけるとこっちを見つめる。じ、と見つめられる感覚に胸が熱くなって、いつまでもこうしていたい。
ねえ、聞いてる。夏子葉の拗ねた声が遠い。確かに相談したのは私だが、この子を抱いてしまうとそんなことはどこかへ行ってしまう。あの夜あんなに不安だったのは、嵐が眠っていて、まるで人形みたいだったからだろう。きっとそうだ。そうに違いない。
「タイ兄に黙って借りてるんだ。ほら、
流風は夜な夜な嵐を抱えて縁側に来た。その度に何枚も写真を撮って、二人で笑い合った。私は、彼が娘を抱いた写真が一枚くらい欲しかったけど、カメラを貸してもらえなかった。その理由が、あの屈強な男――瑠璃では慕われているらしいが私は知らなかったタイ兄がカメラマニアで、傷一つでもつけようものなら死ぬ程痛い目に遭うからだった。でも、傷はつけていないが、フィルムは山ほど使っている。今時ほとんど見かけないポラロイドカメラは、きっとフィルムも貴重だろう。そんな指摘をすると、彼は本当に青ざめてどうしようと言った。私はそれに吹き出して、また嵐が起きそうになってしまって――。
そんなことばかりしていた。だから、今夜もそうだと思っていたら、彼は娘を抱いていなかった。彼は言った。
「作戦があるんだ」
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