3
私が普段この家ですることはない。それは交配のためだけに生かされているからだが、その事実に反吐が出る。
家出をする前は、何をしていようが関知されなかった。いつも教育係の彼と一緒だったからかもしれないが、彼の――瑠璃の仕事を手伝っていても白伊の連中は無関心だった。
仕事は汚れ仕事ばかりだった。この正気とは思えない”名家”は、あらゆる敵と、交配計画の情報管理に、賄賂隠蔽脅迫強請、事故に見せかけた暗殺までありとあらゆる手を使う。それを実行するのは全て瑠璃の誰かだ。白伊の連中は指示をするだけ。
白伊には全く愛着がない。でも憎しみはある。彼と、彼の家族を虐げ、虐げているとも感じない白伊を名乗っている連中が憎くてたまらない。
彼の家族は、瑠璃の人たちはそれが分かって私を受け入れてくれた。家出を可能にしたのも、家出中に無理矢理引き戻されたりしなかったのも、彼らのお陰だ。それなのに、子どものためとはいえ憎い白伊家に戻り、その上そのせいで窮地に立たされている彼と会わせてくれなどと頼んだ。身勝手なのはわかっている。でも、ほかに、私にできることはない。
今は部屋から出ることも許されない。許可なんか知ったことではないが、罰せられるのは監視している瑠璃の誰かだったり、世話係の誰かだ。私のせいで誰かが傷つくのは嫌だった。
かさり、縁側の向こうに音がして肩が跳ね上がる。もう夜中だ。庭の見回りは夜間中行われているが、足音を潜めたりしない。白伊の人間だったら。ぞっとした。交配計画を出し抜いて、麻耶の様にこの狭苦しい家社会の地位を確保しようとする者は数え切れない。そして私は、男に逆らってはいけない。彼が教育係として私の身に骨の髄まで覚え込ませたルールのひとつだ。
ふすまに鍵などない。布団を握りしめて、縁側とを仕切るふすまをじっと見たまま、動くべきだと分かっていながら身体が動かない。
ふすまに影が映る。周りを見回すそれは男だ。だが、身のこなしに無駄がない。白伊の馬鹿な男ではなさそうだった。むしろ。
ふすまが音もなく滑る。細く切り取られた縁側に彼が見えた。人差し指を立て、手招きしている。
立ち上がる時間も惜しかった。布団を剥ぎ、四つん這いになって細く開いたふすまに近寄る。私が開けるよりも先に開き、腕を引かれる。その力強さと温もりが懐かしい。ほんのひと月離れていただけの彼の腕と胸が愛おしくてたまらない。
なにかあった。彼がささやく。声はどこか事務的だ。なんとなく冷たく、突き放すような。麻耶の後ろ姿が脳裏をよぎった。そんなわけはない。だって、こうして会いにきてくれたんだから――。なんの根拠になっていなくても、それで十分だと言い聞かせる。
「嵐がどうしてるか知ってる?」
声を潜めて、最近日に一度も会わせてもらえないことを伝える。軟禁状態の私よりは事情を知っているはずだ。瑠璃の間で情報がやり取りされていることも知っている。
彼は大きく息を吐く。それが私の頭のてっぺんを掠めて通り過ぎていった。
どうにかするよ。言った彼の声は今度こそこそばゆい甘さを含んでいる。私の頭から背を撫でさする手の感覚が愛おしく、私は彼の胸に頬を擦りつけた。
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