第2話
駅前に車が停まっていた。
僕は黒のマツダMPVの助手席のドアのガラスを三回ノックした。
助手席のドアが開いたのでなかに入る。
運転席には所長の上田茂が、カーステレオで流れる音楽をハンドルを握っている手でリズムをとっていた。
「今日の予定では、安原先輩と僕と組むんじゃなかったんですか?」
「予定が変わった。」
「そうですか。」
僕は、本当は予定が変わったことの不満を皮肉でも言ってやりたがったが、所長の眼鏡の奥に存在する鋭い瞳が「何か問題でもあるのか。」と責めているように感じて何も言えなかった。
マツダMPVが発進する。
コンビが変わるだけで、実行することは変わらないことを所長に伝えられた。
流れる景色を見ながら、安原伊織のことを考えていた。
僕は安原伊織にスカウトされた。
彼女は、僕の通っていた高校の卒業生で、年齢は僕の五歳上なので面識はまったくない。だが、僕が大金が必要なことをどこかで嗅ぎつけたらしく、そこにつけいるスキを見つけたらしい。
この仕事を始めた頃の僕は、もちろん殺しなどしたこともないし、スポーツも得意ではなかったので、さんざん安原伊織にしごかれた。今の僕はプロの格闘家が相手でもそこそこやり合えるぐらいになったと思う。
突然、所長のスマホの着信音が鳴った。
車を車道の脇に止め、電話に出る。
「はい。上田です。いつもお世話になっています。人払い作業が完了しましたか。はい。解りました。」
電話を切って、すぐに電話をかける。
「上田です。加藤さんの会社、仕事速いからもう人払い完了したんだわ。山下さんとこの死体処理も時間より早めでお願いします。」
所長は電話を切り、少し飛ばすぞと言い。車を発進させた。
現在の殺し屋稼業は、それぞれの専門性により細分化されている。場所の選定から人払いを専門にする会社、死体処理を専門にする会社、実際に殺すをこと専門にする会社など様々な会社を経由して、殺し屋という仕事が成立する。もちろんフリーランスの一匹狼の殺し屋もいる。
今日は一匹狼の一人を消す仕事だ。少しでも会社の利益を上げるには商売相手には消えてもらうしかないらしい。
現場に着いた。車の中で所長と段取りの再確認をする。
「谷崎君は、まずターゲットを確認後、廃倉庫まで誘導する。そして、そこで待機している私と合流したのち、私がターゲットに対して、接近戦を挑むので君は後衛で私のサポートをしてくれ。」
「解りました。」と言おうとしたが口が渇いて、喉に張り付いた唾にむせこむ。
「君は今日初めて同業者を相手にする。緊張するのも無理はない。ただ、私の足を引っ張るなよ。」
僕は、その言葉にムカッときたが、沈黙することで了解したことを所長に示す。
所長がポケットからスマホを取り出して―現場に着いた時から着信音をバイブに変えている。―電話に出る。
「ターゲットが来ましたか。」
目を僕に向ける。僕はうなずいた。
「報告ありがとうございました。後はお任せください。あ~。はい。また飲みに行きましょう。では、失礼します。」
ビジネストークを織り込んだ会話をしたのち、電話を切った所長の目は鋭さを増して瞳孔が開き、瞳には狂気の色が浮かんでいる。
「さあ、行きましょうか。」
所長は殺しの興奮を抑えるためより冷静になっている。
僕は、逆に緊張でどうにかなりそうで、逃げ出したい気持ちにかられるが金のためだ。と何度も言い聞かせて車から出て、ターゲットの元へ向かう。
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