トレイター・リーマ
獣人たちが人間の町に攻め入った。
小さな町は少数の半人半獣に蹂躙された。
基本的に人間より獣人の方が肉体的において優位であり、糧を得るための行為にためらいはない。彼らにとって人肉は生きるのに必須とまではいかないが上等な嗜好品といったところで、時々こうして徒党を組んで人里を襲う。
獣人が去った後には、あちこちに食い散らかされた遺体が転がっていた。
この襲撃で三十人ほどが犠牲になったという。
少女が、腹を裂かれた遺体の前にひざまずく。
遺体は少女の父親だった男だ。
「おとうさん……」
緑色の少女の目から、ぼろぼろと涙がこぼれ、半端に開かれた口から嗚咽があふれた。
だが彼女が悲しそうにしていたのは、十秒ほどだった。
少女は体を震わせ、かっと見開かれた目の中で細かく揺れる眼球は、血のような赤色に変わっていく。小さな体をかがめ、父の躯に顔を近づけていく。喉から漏れるのは獣のような声だった。
「ばっ、化け物っ!」
少女の様子を、最初は心配そうに見やっていた女が異変に気付いて甲高い悲鳴を上げる。
そこへ。
「リーマ!」
若い女が飛び込んできて少女、リーマを後ろから抱きしめた。
「……おかあさん……?」
先ほどまでの獣じみた姿と打って変わって、リーマは呆然とした顔を母親に向けた。
「おかあさん、おとうさんが、おとうさんが!」
少女は火が付いたように泣き出し母親に縋り付く。
それは、父親を亡くした小さな女の子の姿以外の何物でもなかった。
しかし彼女達をいつの間にか取り巻いていた群衆は、少女の奇怪な様子を不問にはしなかった。
「そいつは化け物だ! 異端審問にかけねばならんぞ」
少女は母親から引き離され、拘束された。
「ではこれより審問を始める」
小さな町の小さな広間は
広間に集まった野次馬達の誰もが少女を恐れと憎しみの目で睨んでいる。
中には襲撃で身内や友人を失った者もいる。彼らの憎悪は際立っていた。
「審問など生ぬるい。化け物の仲間など尋問、いや拷問すればいいのだ」
そんな声も風に乗って人々の耳に届き、それが当然という雰囲気を作り出す。
ただ一人、少女の弁護に回った母親を除いては。
「この子は普通の子です。顔つきが変わったのは父親の死を見て動揺したからです」
母親が涙ながらに訴える。
「顔つきだけじゃないわ。目の色が変わったのよ! あの化け物たちと同じ血の色に!」
「獣みたいな顔だったわ」
「父親の遺体に食らいつこうとしてたみたいだったぞ!」
口々に少女の変貌を叫ぶ証人達。
「襲撃を受けた直後だから怖くてそんなふうに見えただけでしょう! わたしの子が化け物のはずがない!」
母親の剣幕に、力を持った声に、少女をなじっていた証人は言葉を失う。
「確かに、町を救ってくれてる彼女の娘が化け物のはず、ないよなぁ……」
広場を囲む人々の中から、ぼそりと擁護の声が上がった。
その声のとおり、母親は町を救うために剣を振るって化け物と戦った元冒険者の一人だった。
群衆の意見は二つに割れた。どちらにもつかない者もいる。
審判を下さねばならない神父は、苦慮の末、判決を口にした。
「化け物の疑いは濃いが確たる証拠はない。よってリーマは追放処分とする」
この町、いやこの国において化け物であると疑われ裁判にかけられればほぼ有罪。化け物と断じられれば即、死刑だ。神父は恩情を与えたのだ。
「ならばわたしも町を出ます。この子一人を外に放り出すなどできません」
町を救った英雄である母親を失うのは町にとって損害ではあるが、化け物の疑いのある少女を留め置くわけにはいかない。人々はこの判決と結果に納得した。
かくて母子は町を出て遠くへと旅立った。
大きな街の近く、森の中に小屋を建てひっそりと暮らし始め、生活が安定し始めた時、母親は重大な秘密を娘、リーマに打ち明けた。
「実はあなたの父親は、獣人なの。あなたは獣人と人間の混血なのよ」
リーマは驚いた。
あの、町で殺されてしまった父親は実の父ではなかった。リーマを身ごもっていた母と結婚したのだ。
「どうして? どうしてわたしはじゅうじんとの……」
出自を明らかにしてほしいと母親に問うリーマに、母は悲しい顔をするだけであった。
よくないことが起こったのだと幼心にリーマは悟り、それからは何も尋ねなかった。
「あなたには人間を超えた力が備わっている。けれど獣人の野生、人間を襲って食べたいという衝動もあるわ。あなたはわたしの大切な娘。その力を生かしつつも人間として誇りをもって生きるのよ」
母親はリーマに戦う術と、人としての心を熱心に伝えた。
数年後。
とある国の辺境の村に獣人が攻め入った。
戦う
このままでは村人達は獣人の餌食だ。
その時。
「ぐあっ! なんだこの音はっ!」
獣人が突然耳を両手で押さえて身もだえる。
人々は驚き、あたりを見回す。彼らには不快な音は何も聞こえない。
「ハァイ、耳のいい獣人さん達。あ、今日はラクーンドッグ種の獣さん達だね。音が嫌なら村から出ていきなさーい」
声が上空から降ってくる。
人も、獣も、そちらを見た。
いつの間にそこへ上ったのか、小さな教会の屋根の上に少女がいる。見た目で冒険者と判る動きやすい服装と、腰には細身の剣。手には笛のようなものがある。
「貴様っ、何者だ。さっきの音は貴様かっ」
獣人のリーダーが少女に怒鳴る。
「わたしは獣人ハンター。人呼んで“
彼女、リーマの名乗りにざわめいたのは獣人より人間だ。彼女が獣人の血をひいていることに怯えと蔑みの空気が流れる。
「人間を助ける価値などないだろうに。見ろ、おまえが助けようとしている愚かな者達の反応を」
それよりも我らの仲間に、と続けようとした獣人に、リーマはびしっと指を突きつける。
「言ったでしょ。気にしないって。わたしは人として生きるの。それが大切な人の願いだから」
リーマは協会の屋根を軽く蹴って地面に降り立った。
「あなたがこのグループのリーダーね? 一対一で勝負しない? わたしが勝ったら群れごと山へ帰っておとなしく木の実とか食べてなさいな」
言われて、獣人の男はリーマの頭からつま先までを嘗め回すように見てから、にやりと口をゆがめた。
「いいだろう。ならば俺が勝ったらおまえは俺らの仲間になれ」
「よーし、決闘成立だね」
リーマは腰を落とし、身構えた。緑の目が血の赤に変わる。獣人の力を解放した証だ。
遠巻きの村人からひぃっと悲鳴が上がるがリーマは本当に気にしていない。剣の柄に手をかけて、一足飛びに獣人へと向かった。
てっきり相手は剣を抜いてくると迎撃のタイミングをはかっていたラクーンの男は、少女がそのままの姿勢で足元に滑り込んできたので一瞬判断を付け損ねた。
相手の目の前でリーマは肘うちを繰り出す。どてっぱらに見事炸裂させた初撃の勢いのままに立ち上がりながら腕を立てて顎に裏拳を入れ、反対の手で男の方を掴んでジャンプ。背後に降り立ち蹴りを放つ。
背中を蹴られた男は前のめりだ。
「剣でくるかと思ったがフェイクか。素早さも威力もある。――だがこれでどうだ」
獣人は腕を振り上げた。空気が震える。
彼の周りに雷が集い、リーマに襲い掛かる。
次々と繰り出される稲妻をかいくぐるが攻撃に転じることはできない。
焦りが動きを鈍らせ、ついに一筋の雷がリーマを打った。
このままではらちが明かない。どうすればいい?
再び走り回って攻撃を避けるリーマは考えを巡らせる。
「がんばれ! おねえちゃん!」
遠くから男の子らしき声が聞こえた。
一人の少年の声援をきっかけに、子供達が、続いて大人もリーマに励ましの言葉をかけはじめる。
あぁ、これだから、人として生きる意義がある。
元気と勇気をもらったリーマは獣人に突っ込んだ。
「うらららららららッ、どっりゃあぁ!」
残像が生まれるほどの連続高速パンチで胸を打ち。最後はアッパーで顎をしゃくり上げる。
男はあおむけに倒れ、完全に伸びてしまった。
「勝利!」
リーマが勝鬨を上げると村人たちは感動の声をあげる。
「さぁ約束だよ。あんた達は森に帰って二度と人間を襲わないこと。もしも次に人里で暴れたら、今度は勝負なんて言わないからね。こっそり奇襲してしっかりきっちり剣の餌食にするよ」
リーマの宣言に獣人達はリーダーを抱えて逃げて行った。
「ありがとう、おねえちゃん」
最初に声援を送った少年が声をかける。リーマが彼を見ると、少年の後ろから母親らしき女性が両肩をしっかりとつかんで複雑な顔をしている。
他の村人達もそうだ。命の恩人であるリーマが獣人との混血であることに、どう接していいのか判らないのだ。
大丈夫、そんな反応は慣れているし気にしない。
そんな中で少年のようにリーマを「人間」として接してくれる人が一人でもいれば救われた気分になる。
リーマは少年に、続いて村人達にも手を振って村を離れて行く。
いつか、人としてみんなと笑いあって暮らせる日がくることを夢見て、リーマは戦い続けるのであった。
(了)
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お題:異端尋問 カニバ モスキート音 裏切り タヌキ 妖怪 電撃を操る強敵
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