銀の王は妃を求める

 このひと月ほど、宮殿内を警備する近衛兵達が最も恐れるのは夜中の巡回であった。

 今夜も廊下に響く、小さいが高い足音。

「ま、またか……」

「しかし害はないわけだし」

「そうは言っても」

 二人一組で宮殿内を歩く兵士達は小声でささやきあう。

 ……ガッ、ガッ、ガッッ!

 だんだん音が近づいてくる。後ろからだ。

 兵士達は、ひっ、と息を漏らす。

 大丈夫。無害だ。基本的に「彼」は歩き回っているだけだ。

 だが怖いものは怖いのだ。

 二人は一緒に振り返る。

 壁のかがり火に照らされて、こちらに向かってくるのは。

 全身銀色の、小さな国王!

 王冠をかぶり、きらびやかな衣装に身を包んだ一メートルほどの銀色の国王は半分透けているが火が銀に反射して、透け透けのピカピカ。光のあたる部分と影の部分が奇妙に入り乱れ、陰影が強調されている。

 王が移動すると光の当たり方が変わるものだから、とんでもなく怖い顔になる瞬間がある。

“王妃、わが愛する妻よ……”

“どこにいるのだ、リーナ、リースティリナ”

 王の姿と足音と共に悲し気な声も聞こえてくる。力強く歩く姿と反する力のない声がまた恐怖を掻き立てる。

 兵士達は廊下の端により息をつめて、半透明の銀色国王、ルドレイオス三世が通り過ぎるのを待つ。

 彼が廊下の端まで歩き、謁見の間に姿を消すと、兵士達はほっと胸をなでおろす。

「どうにかならないものかなぁ」

「どうにもならないだろう。まさか前国王の像を壊してしまうわけにもいかないし」

 二人は大きなため息をついた。


 ことは半年前にさかのぼる。

 善政を敷き、国を豊かに発展させた先王、ルドレイオス三世が崩御した。

 国中が国王の死を悼み、嘆き悲しんだ。

 現国王となったルドレイオス四世は国民の希望もあって、宮廷に近い広場に父の像を作らせた。彼の功績をたたえ、銀の立像を。

 それが完成したのが今よりひと月前だ。

 素晴らしい出来の像に、銀の取引で国を豊かにした前国王の功績にふさわしいと国民は絶賛した。広場は以前よりも活気づき、国内の商売も盛んになった。

 だが。

 立像が完成し、お披露目をした次の日の夜から、宮廷内で銀の前王の目撃者が出始めた。

 最初は信じられなかった。だが目撃者は増え続け、ついには夜間警備にあたる近衛兵達は全員、銀の王を実際に見ることとなった。

 どうにかしてほしいとの嘆願が現王に寄せられるが、なにせ霊は前国王。国を発展させた英雄を悪霊として祓うなどできるはずもない。

 それに、霊はただ廊下を歩いて謁見の間に入っていくだけなのだ。ほかに超常現象があるわけでもないし、見た目が怖いだけで他に害はない。

 慣れよ、とルドレイオス四世からの下知があったのは、つい先日のことだ。

「慣れろと言われて慣れるぐらいなら、そもそも怖がらないよな」

「本当にどうにかならないものか」

 不審者などにはさほどの恐怖を感じない近衛兵達も、幽霊相手では勝手が違うようだ。


 ある日、休憩部屋で「銀色王」の話が出てきた時に、一人が名案を思いついたと言い出した。

「銀色王様は王妃様をお捜しなんだろう? 先代王妃様の像も作ればいいんじゃないか?」

 なるほど! と兵士達は沸き立った。

 善は急げとばかりに兵士長を通してルドレイオス四世に嘆願する。

「それで騒動が収まるかもしれないのなら試してみるとよいだろう」

「しかし、銀の像をもう一体となると予算が厳しいです。そもそも、先王の霊は歩くだけなのでしょう? 放っておいても差し支えないと思いますが?」

 国王の傍らの宰相から渋い返答がなされる。

 あんたは夜中にぐっすり寝てるから他人事なんだろう!

 兵士長は怒鳴りたい衝動を抑えた。

「ならば銀の像でなくとも。先王様は王妃様を捜されているのであって必ずしも銀でなくてもよいのではないかと思われます」

 ふむ、と宰相はうなずいた。それならば試してみてもいいのではと彼も言う。

 そこからの行動は早かった。

 早速先代王妃の石像がつくられた。

 父上が銀で母上が石ではあまりにも差がありすぎて母上がお気の毒だというルドレイオス四世の一言でせめて表面は銀で覆うこととなった。

 設置場所は、当然先王の像の隣だ。

 国民への説明は「先王の功績には王妃の内助の功があってこそ」とした。意外にもみな納得しているようだ。

 これで夜間の警備も怖くない。

 兵士達は喜び合った。


 だが。

 ――ガン、ガン、ガンッ。

 ――カン、カン、カンッ。

“おぉ、愛しのリーナ! ここにいたんだね!”

“あぁ、愛するあなた! 会いたかったわ!”

 先王の霊だけでなく王妃の霊までもが夜中の廊下を歩き回るようになった。二人が出会える日もあれば、すれ違う日もある。

 すれ違いの日の夜警に当たった兵士は彼らが必死に歩き回るさまを何度も見ることになり、もはや警備どころではない。早く出会ってくれと願うばかりだ。

「それにしても霊なのにどうして足音がするんだ?」

「それを言い出したらどうしてかがり火の明かりを反射してるんだよ」

「霊に常識なんて通用しないってことか」

 兵士達がいるものように廊下の端でひそひそやっていると。

“そこ、警備を怠ってはいかんな”

 銀色王に睨まれた!

「ひぃぃっ!? す、すびばせんっ!!」

 兵士達は飛び上がり、震える声で返事した。

“あらあら、あなた、そんなに怖い声ではいけませんわ。兵士さん達あっての安全ですから。兵士さん達、いつもありがとう”

 王妃が王の腕をとってたしなめている。

“そうであったな。うむ、見回りご苦労”

「はっ、はひっ!」

 兵士達は背筋どころか頭から足の先まで伸ばしてから腰を折った。

 銀色王は満足げにうなづくと妻をエスコートして謁見の間へと消えていった。

 

 結局「慣れよ」というルドレイオス四世のめいに従うしかない兵士達は開き直り、今夜はお二人は会えるのか、とひそかに賭け事に興じたとか。

 そして一年後。

 ――ガン、ガン、ガンッ。

 ――カン、カン、カンッ。

 ――コン、コン、コン、コンッ。

 銀色王と王妃の足音のほかに、軽やかな足音が追加されたのであった!



(了)



 お題メーカー:「国王」「幽霊」「銀色」

 twitterジャンルアンケート:ファンタジー 77%、恋愛・ラブコメ12%

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る