桜餅はちょっぴり大人の味
一週間前、中学を卒業した。その日よりも今日の方がぼくには重大で重要だ。
彼女が引っ越してしまう。
だから、初めて自分で作った桜餅をあげるんだ。
彼女と親しくなったのは、ちょっとしたイジメがきっかけだった。
ぼくの家は和菓子屋なんだけど、そのことで小六の頃にからかわれ始めて、中学に入ってそれがひどくなった。
最初は、和菓子屋なんて古臭い、ださい、みたいな感じのことを言われるだけだったけど、エスカレートして「和菓子屋なんてばーさんが好きなものを作ってる店を手伝うなんて、おまえは女か」とかめちゃくちゃなことを言われるようになった。で、体育の授業の着替えの時に上を脱いだタイミングで「女は隣で着替えろ」って廊下に放り出された。ドアは中でつっかい棒でもしてるのか、開けられない。
とりあえず上は着たけど、廊下でズボンを履き替えるなんてイヤだし、女子の教室で着替えるなんてできるわけがない。
仕方ないからトイレで着替えようか、と思ってジャージを拾ってとぼとぼ歩いてくと、廊下の向こう側から彼女がこっちに小走りで来てた。先生に用事を頼まれたか何かで慌てて戻ってきて着替えようって思ってた、って後から聞いた。
彼女はぼくを見て、どうしたの? って尋ねてきた。すごいなさけない顔してたんだろうなって今は思う。
「放りだされちゃった。ドア閉められちゃってるし、トイレで着替えてこようかなって」
なんか、落ち込んでるとか思われるのが悔しいから、へらへらっと笑って言った。
「なんで? ケンカ?」
「ううん。女は女の教室で着替えろ、だってさ」
「えっ? 女?」
「いや、そんなヘンタイ見る目で見ないでよ。うちが和菓子屋で、ぼく時々店番手伝ってるから、そんなことしてるのは女、なんだってさー」
わけわかんないよね、って笑って、トイレに行こうとしたら、むんずっと肩を掴まれた。
「それでトイレ行って着替えるの? そんなのおかしいよ」
彼女はすごく怒った顔で、男子の着替えてる教室の前までずんずん歩いてった。
えっと、何する気?
ぼくが聞くよりも早くドアがガラガラと音を立てて開いた。
ちょうど、早く着替え終わったのが出てきたタイミングだった。
「なに? 覗き? うわー、チジョー!」
男子にからかわれても彼女はひるまずに「ふざけないで」って低いけどよく通る声で教室中の連中に言い放った。
「あんたらのやってることはイジメだよ。家の仕事なんて本人がどうしようもできないことで茶化したり、着替えを邪魔するなんてサイテー。ってか自分で立場悪くしてどーすんのよ」
「なんだよ、優等生気どりか」
「立場ってなんだよ大げさだなー」
いろんなヤジが飛んでも、彼女は堂々としてる。
「あーあ、これだからお子様は……。いい? あの和菓子屋さん、すごく人気あるんだよ。三丁目の町内会長さんなんて毎週すごい量を買ってってるって話だよ。あのおじいちゃん、ちょっと前まで警察の偉い人だったって知ってる? あと、二丁目の副会長さんも常連さんで、ちょっと前まで教師やってて今でも教育委員会に顔が効くんだって」
ふん、と笑って腕組みして論じてる彼女は、探偵漫画の少年探偵がトリックの種明かしをしているみたいで、ちょっと笑えるけどここはぐっと我慢だった。
「あんたらが、ひいきの和菓子屋さんの跡取りになるかもしれない子をいじめた、なんて聞いたらすごい怒るだろうなー。町内会長さん、イジメとか万引きとか、そういう学生の頃にちょっとやってみた、みたいなところを放っておくと大きな犯罪に繋がるんだって力説してるし、副会長さんも熱血教師だったって。イジメの加害者を何時間も正座させて説教する、みたいな感じだったんだって。知らないよー? あんまりなことやってたら補導されちゃうよ? あ、教育委員会にイジメの報告されて高校受験に響く方が可能性あるかなぁ」
ちょっと待って。ぼく家を継ぐなんて言ってないよ?
ってかうちの客の事なんでそんなに詳しいのさ。
最後にさらっと怖いこと言ってるし。
……でも、ちょっとかっこいい。
「いや、別に、そこまでおおごとにしようとは思ってないよ。ただ、からかったり閉めだされたりっていうのは、やめてほしいけど」
ぼくがおずおずと言うと、彼女はぱぁっと顔を輝かせた。
「うっわー、男の子なのに女とか言われて人権侵害も甚だしいのに、許してあげるなんてやっさしい! ほら、あんたら、今謝ってもうやらないなら大丈夫だから」
だから、別におおごとにするつもりはないよ。
でもクラスの男子は「高校受験に響く」って言われてビビったみたい。
「ちょっとやりすぎた。ごめん」
先頭にたってからかってたヤツが謝ったら、後はもう芋づる式って感じで、みんなに謝られた。
それからは、変なからかいもなく、平和な中学生活だった。
彼女は、実はお母さんがうちの常連で、他のお客さんと立ち話とかしてて、校区内のいろんな人のことを知ってるんだってさ。
で、この一件から彼女本人も買いに来るようになって、店番しているぼくと話すようになって、って感じで仲良くなって行った。
「懐かしいよね。っていうか、わたしあの時そんなふうに言ってたんだ。ちょっと恥ずかしいな」
「いろいろ心の中でつっこみどころ満載だって思ってたけど、かっこいいな、って思ったよ」
「実はあの時、困ってるあなたを助けたいっていうより、ちょっと中二病入ってて、イジメを論破してやりこめるわたしすごい、なんて思ってたのよね」
「そうだったんだ!?」
荷物を運び出してる彼女の家のそばで、二人で笑った。
玄関の方から、彼女を呼ぶお母さんの声がする。
行っちゃうんだ。
連絡先知ってて毎日でもやりとりできるけど、でもやっぱり、会えないの、寂しいな。
けど、笑顔で見送らないと。辛いのは、引っ越して行ってしまう彼女の方だから。
「あ、えっと、これ」
ぼくは鞄に入れておいた和菓子の包みを取り出した。
「おせんべつ、っていうのかな、こういうの」
「わぁ、お店の? ありがとう」
「ううん。……お店の売り物じゃなくて、親にも手伝ってもらったけど、ぼくが作った。桜餅、好きでしょ?」
恥ずかしさから、ちょっと斜め下を見てもじもじと言ってみた。
……ん、反応ない。
ぱっと顔を上げると、うわ、泣いてる!?
「あ、ありがとう……。嬉しい」
大人だなって尊敬もしている彼女が、こんなふうに泣いたりするんだ。
何だか急に、今までより、可愛いと思った。
ハンカチを差し出すと、彼女は「ごめん」って言いながら涙を拭いた。
「ちょっと待ってて、洗ってくる」
「いいよ。遊びに行くから、その時に返して」
「ちょっと、なにそれ、大人ー」
「泣いてる彼女を慰めるオレかっけー、ってね」
にこっと笑うと、彼女も笑ってくれた。
決めたよ。
遊びに行くまでには、一人で最初から最後まで君の好物の桜餅を作れるようになっておく。
跡取りになるかどうかまでは、判らないけどねっ。
(了)
お題:別れ 桜餅
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