心優しき受験生と、願いを込めた雪うさぎ

 満月が美しく輝く夜のこと。

 彼は神社の裏の林の前にいた。

 少年から青年へと変わりゆく年頃の男性で、背も高くたくましいが、顔つきはまだ幼く、幼なじみの女の子に「ギャップ激しすぎ」と笑われている。

 性格も、まさに人に優しくを地でゆくタイプで、これも幼なじみに「あんた、人にいいように利用されるタイプだから気をつけないと」と耳にタコができるほど言われているほどだ。

 しかし本人は、そうかなぁ? と首をひねる程度で、気にしていない。

 そんなお人好しの彼が、夜も深まった林で何をしようとしているのか、というと。

 願掛けだ。

 彼は高校三年生。もうすぐセンター試験に臨む。

 この神社の裏の林に綺麗な雪うさぎを作って願いをかければ志望校に合格する、という、いかにもなウワサが聞こえてきたので、自分と、彼にとっては「親切心からいろいろと忠告をしてくれる優しい」幼なじみの合格祈願にやってきたのだ。

 彼は、学習塾で遅くまで勉強した後に神社やってきた。お参りをした後、林の入り口に到着して、ふぅ、とため息をつく。

 雪の上を歩くのは慣れていない。十センチほどしか積もっていないのにまるで膝まで埋もれたかのようなおぼつかない足取りだ。

 林の中に満月の青白い淡い光が差し込んでいる。木々の間がうっすらと照らされていてとても綺麗だが、なにせ夜の林だ。他に明かりがないと歩けないだろう、と懐中電灯を鞄から取り出した。

 コートの裾を、林から吹く風が軽く揺らす。

「さすがに寒いなぁ」

 独り言をぽつんとおいて、彼は林に入って行った。

 中は、思っていたよりも雪が積もっていない。恐らく昼間に踏み入ったのだろうたくさんの足跡が地面をむき出しにしている。

 きっと同じように願掛けに来た人達だ、と彼は微笑んで、辺りを見た。

 すると、気付く。

 雪うさぎのなれの果てらしきものが、そこここに無残にころがっているのを。

「壊されちゃってる……」

 驚きについ声が漏れた。

 願掛けをしたうさぎだと知ってか知らずか、恐らく子供達のいたずらだろう。

 せっかく願いを込めたのに、と思うと、心優しい少年は悲しくなった。

 そうだ、このうさぎたちを全部一緒にまとめて大きなうさぎを作ろう。

 彼は名案だとばかりにうなずいて、早速行動に移す。

 満月の光がうっすらと照らす中、可愛い顔立ちだが立派な体躯の男の子が、せっせと雪を集めて固めて行く姿は、滑稽であり、ほほえましく、かわいらしい。

 時間にして三十分ほどか、ようやく散らばったうさぎ達をまとめ、そこに新しく自分達の分の雪を足して、丁寧に、丁寧に、形を整えていく。

 ようやく出来上がった大きな雪うさぎに、彼は満足そうに「よし」と声を出して目を閉じ手をあわせ、祈りを込めた。


 どうか、みんなの願いがかないますように。


 少年と雪うさぎに、月光が優しく降り注いでいた。



 翌日、試験の朝、幼なじみに昨夜の話を嬉しそうに話すと、おせっかいな彼女は「はあぁ?」と奇妙な声を上げた。

「あんた……。あんなウワサを信じてわざわざうさぎを作りに行っただけでも驚きなのに、さらにわざわざ壊されたうさぎも一緒にして作ってきたの? 多分その中には自分のライバルだっているんだろうに」

「だって、せっかく願いを込めたのに壊されちゃってたらかわいそうだろう?」

「まぁ、……あんたならそうなんだろうね」

 隣を歩く女の子に、彼はにっこりと笑う。

「大丈夫。僕達の分もちゃんと祈っておいたから」

「そりゃそこまでやって自分のを忘れたら、お人好しって言うよりただのばかだし」

「ひどいなぁ、――はぁっくしょん!」

「ちょっ? 風邪? やめてよね」

 隣の女の子は、すすっと距離をとった。

「大丈夫。くしゃみは出るけど、なんか今日冴えてる感じがするんだよ」

「はあぁ……。ま、頑張ろうねお互い」

 何を言ってもさらりさらりとかわす彼に、彼女は肩をすくめた。


 どうか、このどうしようもないお人好しが誰かにいいように利用されないために、この先もわたしのそばにいられますように。


 少女が神社裏の林を心に描きながら人知れずかけた願いは、あの雪うさぎに届くのだろうか。


(了)



お題:雪兎 満月 センター試験

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