僕らの自由研究

 ゴールデンウィークが終わったごろから僕らは夏休みをとっても楽しみにし始める。雨ばっかりのうっとーしー梅雨になったりすると、もうぐだぐだ。

 あっつくなりはじめると学校なんてもう行きたいとは思わない。そりゃ、給食とか休み時間とか、あとはプール授業は楽しかったりするけど。やっぱ友達と涼しい部屋でゲームとかしてるのがいいよね。

 だから、その反動みたいに七月に入ったらもう、みんな夏休みの計画でウキウキだ。

 田舎のおじいちゃん達のところに行って川遊びするとか、海水浴だとか。おっきな遊園地に連れてってもらう子とか、すごい子だと、海外に行っちゃうんだぞっ! 海外だって海外! いいよなぁ。

 うちは……、特におっきな予定はない。お盆に、車で三十分ぐらいのじぃじ達の家に行くぐらいかな? まぁじぃじんとこじゃ、たくさん遊ばせてもらえるし、いつも食べないようなデザートとか出してくれるし、それはそれでむっちゃ楽しみなんだけどね。

 で、だ。

 そんなワクワクの夏休みに水を指すのが、宿題だ。

 ドリルとか読書感想文とか、日記とか絵画展の作品とかあるけど、なかでも一番僕らを悩ませるのが、自由研究ってヤツだ。

 この「自由」ってのが厄介で、何作っても調べてもいいから、何していいのか毎年悩む。

 一年や二年の頃は、地蔵盆の時に作った工作を出してた。手作りうちわとか、自分でデコレートしたコップとか。

 三年になって、それじゃさすがにしょぼいって言うか、手抜きバレバレで恥ずかしいって言うか。だってうちわもコップも元からあるもので、飾り付けを自分でするだけ、それも百均で売ってるシールとか使って、だもん。

 だから去年は、自分でこの辺りの地域のことについてちょっと調べて、新聞みたいなのを書いた。なかなかいい出来だったと思うし先生も褒めてくれたけど、それよりもおっきな歴史新聞を書いてきた女の子の方に注目が集まって、隣に貼られた僕の新聞が、なんかちっさく感じて、恥ずかしかった。

 今年は、今年こそは、何かおっきいことしてやるぞ。

 でも何をすればいいのかわからない。

 いよいよ夏休みに入って、先にドリルとか感想文とか、すぐにできそうなのから初めて、七月が終わる。

 自由研究は、何をしよう。

 八月の最初に友達と集まった時に、宿題の話題になって、誰かがいいだした。

「自由研究、一緒に何か作らない?」

「一緒に?」

「コースケ、何かおっきいの作りたいって言ってただろ? だから、みんなでさぁ」

 突然こっちに聞かれてびっくりだけど、僕は、うん、ってうなずいた。

「じゃあ……、巨大ロボットとか」

「ムリムリ。プラモでもちょっと大きめのものだとすごく高いってお父さん言ってたし、それに、みんなで作るみたいな大きいのってないし」

「巨大昆虫図鑑とか? みんなで虫取ってきて」

「カブトムシとかクワガタとか? それいいかもな」

 げ。なんかみんな図鑑で盛り上がりはじめた。実は僕、虫ダメなんだよ。

 どうしよう。ここは別の案を出さないと。

「そっ、それよりさっ」

 えぇっと、えぇっと……。

「そうだっ。巨大な城!」

 ぱっと思いついたのが、砂浜に作るでっかいお城だった。せっかく海が近いとこに住んでるんだから利用しない手はない。

 僕はその案を口早に言って聞かせた。幅五メートルぐらい、高さも僕らの顔あたりのを作ったら、すごいと思うんだ。

「お城、面白そうだな」

「でも学校に持って行けないよ?」

「そこはほら、写真を撮って新聞みたいにしてさ。実物は浜辺でごらんくださーい、ってことにしたら?」

「それじゃ、夏休みの終わりぐらいに出来上がるのがいいよな。三十一日に完成させようよ」

「せっかくだから、作る途中も写真撮ろう」

「さんせーい!」

 やった! お城案が通りそうだ。

 みんなが、どんな城にするのか話し始める。

「どうせつくるんなら、すっごいのにしたいな。映画の、氷の城みたいなのにしようよ」

「それいいかもー」

 氷の城? あぁ、レリゴーって歌のあれか。でもあれは細かすぎて砂じゃ作れないと思う。

「いや、あれはムリ。もっとどっしりとしたのじゃないと、砂を固めて作るんだから」

 僕が言うと、そっかー、ってみんな納得した。

「んー、じゃあ、アニメつながりで、城壁と巨人は?」

「城壁作って、そこに巨人をくっつける?」

「五十メートル級が城壁の上から顔をぬーって出してるとことか」

 今度はちょっと前にやってた深夜アニメ案きたー。

 でもこれは氷の城とは違って、安定感あるし、結構いいかも。巨人はちょっと難しいかもしれないけどね。

 みんなも乗り気みたいだし、これに決まりだな。

「じゃあ、どんな感じにするのかマンガ見て確認しよう」

「進撃だー」

「おー!」

 僕らは、マンガを持ってる友達の家に突撃した。


「コースケ、宿題進んでるか?」

 その日の夕食の時に、お父さんに聞かれた。

 僕はビーフシチューをスプーンでぱくっと食べてからうなずく。あー、シチューおいしー。

「うん、あとは自由研究だけ」

「頑張ってるなー。自由研究は何するか決めたのか?」

 お父さんもシチューをぱくっとして幸せそうな顔になった。お母さんのシチューおいしいよねー。

「友達と浜辺に城壁作ることにした」

「城壁? お城じゃなくて?」

 にこにこして話を聞いてたお母さんが、ちょっと首をかしげた。

「うん。城壁と巨人」

 って言ったら、お父さんもお母さんも、あー、って顔になった。

「頑張って大きいの作るんだ」

「そうか、せっかく計画したんだから、がんばれ」

 お城は八月の最終週半ば、二十八日に作り始めることに決まってる。

 いつもはユーウツな夏休みの最終週だけど、今年はちょっとワクワク気分で迎えられそうだよ。

 もちろん、お盆にはじぃじのところに遊びに行ってプチ贅沢だ。

 再来週は砂浜で城壁を作るんだって言ったら、絶対に写真撮って見せてね、だって。よし、頑張るぞ!

 そして、いよいよ僕らの城壁製作の日がやってきた。

 お盆頃から、だらだらーって過ごしてたから、久しぶりに早起きするのはちょっとつらかったけれど、みんなですっごいのを作るんだって考えたら、早く目がさめちゃったよ。

 朝ご飯を急いで口に詰めこんだら、自転車で海岸まですっとばす。

 昼間はまだまだ暑いけれど、朝のうちは比較的マシだ。だから僕らは午前中だけ作業することに決めている。

 ツクツクホウシが鳴きはじめた街路樹を音ごとざぁっと後ろに押しやって、僕は一生懸命自転車をこぐ。

 風が気持ちいい! なんかいいものが作れそうな気がするぞ。

 五分ほどで海が見えてくる。風にまじる潮気が濃くなった。重ったるい空気を思いっきり吸い込んでも、僕の心の中はからっと快晴だ。

「おはよー!」

 浜辺に着くと、もう三人が集まってた。あと一人の到着を待ってから、僕らは早速、創作を開始した。

 まずは城壁を建てるための土台になる砂を周りから集めてきて盛り始める。しっかりと固めるために、時々海水をかけるから、土台や城壁を作る三人と、海水を運んで来てかける二人に別れる。僕は土台係だ。

 最初はみんな、ワイワイ言いながらやってたけど、途中からだんだんと口数が減って、最後には無口になる。

 僕も、全身汗と砂まみれになりながら、黙々と砂を集めて積み上げて、ぱんぱんと軽く叩いて固める。

 計画だと幅は五メートルぐらい、って考えてたけど、三メートルも盛らないうちに、みんなへとへとになってきた。

 汗だか海水だかわからない水滴が目に流れてきて痛い。口を開けると、やっぱりしょっぱいものが、たらりと入ってきた。

「あー、もう疲れたー!」

 久しぶりに聞こえた声はギブアップ宣言だった。一人が製作をやめて砂浜に大の字に寝っ転がった。

「俺も」「僕も」

 ですよねー。

 僕も砂浜に寝そべった。お日様に温められて少しずつ熱くなってきている砂だけど、こうやってると気持ちいい。

「今日は、ここでやめとく?」

「そーだな。天気予報だと今週は雨降らないみたいだし、ゆっくり作ろうよ」

「よし、今日の製作分の写真を撮ろう」

 僕が、お父さんに借りたデジカメをポケットから出すと、疲れ切ったみんなだったけど、ぱぁっと嬉しそうな顔になった。

 いろんな角度から写真を撮って、ついでに疲れ顔のみんなも撮った。

「それじゃ、これ建てよう」

 友達が出してきたのは細い杭とロープ、画用紙だ。

『自由研究せい作中。こわさないでください。よろしくおねがいします』

 画用紙にはそう書かれてあった。

「準備いいなー」

「計画話したら、お父さんが持ってけって」

「ナイスお父さん!」

 僕らは、城壁の土台の周りに杭を立ててロープを張って、最後にそっと画用紙を吊るした。

 こういうのを立てても壊す人は壊すんだろうから、完成できなかった時のことも打ち合わせ済みだ。けど、やっぱり作り始めたんだから、最後まで作りたいよね。

「それじゃ、また明日ー」

 疲れた体をのろのろと引きずるようにして、僕らは家に帰った。

 行きはあんなに爽快だった自転車が帰りはほんとに地獄のようだったよ。


 次の日の朝も僕らは集まった。

 よかった。昨日と同じ状態でちゃんと残ってる。僕らはほっとした。

 昨日と違うのはギャラリーが来てることだった。同じクラスの子達だ。

 手伝おうか? って言ってくれたけど、これは僕らの自由研究だから手出しは無用! ってね。

 恰好よく言いきったけど、……やっぱ疲れるわっ!

 まさに汗水たらして建造した城壁は、二日目にしてちょっと形になってきた。

 城壁と、それにしがみつく巨人の砂土を盛った。

「これなら、明日には大体できそう、だよね」

 ぜぃぜぃ息を切らしながら、それでも僕らは喜びあった。見に来てくれた友達も、すげー、って褒めてくれてる。

 まだだ、まだだよ。すげーのは完成してからだ。

 明日からはこれを削ったり、必要ならつけ足したりして形を整えてく。うまく固まってくれるといいんだけど。

 今日の写真は、昨日より賑やかになった。大きく盛り上がった砂土のまわりで僕らはピースサインだ。顔は疲れてると思うけど。

 僕らはまた、立て札を立てて、明日も残ってますようにって祈りながら家に帰った。


 製作三日目は、更にギャラリーが増えた。クラスの半分ぐらいは来たんじゃないかな。それに、知らない人達もちらちらとこっちを見てるような気がする。

 昨日と同じように、他の子達は手出し無用で、僕ら五人で丁寧に城壁と巨人の形を整えて行く。

 途中で、巨人がちょっと崩れかけた時は、みんなから悲鳴が上がったよ。マンガでは人類の敵の巨人なのに、ここでは人気者だね!

 昨日までの力仕事とは違って、今日の作業は慎重に慎重を重ねないといけない。昨日までとは違う汗が額に浮かんだよ。

 丁寧に頑張ったかいがあって、横幅三メートル近く、高さは一メートルほど、三十センチ近くの厚みの城壁に、巨人が体ごともたれかかって頭を城壁の上から出している、そんな僕らの城壁の形が、ほぼ出来上がった。

 でもまだ大雑把な塊、と言えなくもないから、明日もうちょっと形を整えて完成させる。

 予定通り、八月三十一日、夏休みの最終日で完成だ。

「ここまでできたんだから、今日やってしまったら?」

 ギャラリーが完成を催促するけど、今これ以上いじっちゃったら崩れるかもしれない。一旦そっとしておいた方がいいかもって言ったらなるほどってうなずいてくれた。

「明日完成かー、楽しみだな」

 みんなが期待してくれてる。

 なんか、すっごいワクワクドキドキだ。

「せっかくだから、城壁の上に小道具とかおいても面白いかも」

 誰かが言いだした。

「小さい砲台とかさー。そうしたらそれっぽくならない?」

「それいいな! よし、それらしいの探してくるか」

 明日、形を整えたら小道具を乗せて、完成セレモニーだ。

 今日の製作過程の写真を撮って、解散になった。

 絶対、絶対に壊されませんように!

 僕らはみんなで祈りながら、立て札で城壁を囲った。

 家に帰って、お昼ご飯を食べたら、僕も城壁に乗せられそうなものを探してみる。でもあの大きさに丁度いいのがなくて、残念だけど他の子に任せることにした。

「コースケ。城壁どうなってる?」

 夜にお父さんに聞かれた。

「今日、ほとんどできた。明日完成だよ」

 声を弾ませて答えると、お父さんはにっこり笑って、そっか、ってうなずいた。

「頑張ったなぁコースケ」

「そう言ってくれて嬉しいけど、まだ早いよ。明日完成なんだから」

「うん、そうだったな」

 お父さんも完成を楽しみにしてくれてるんだ。明日はきっちり仕上げて、たくさん写真撮らなきゃ。じぃじ達にも約束したしね。

 けど、楽しみにしすぎたせいかな、城壁が誰かに壊されてる夢を見ちゃった。

 そんな、ここまできてそれはないよね、って飛び起きたら、……窓の外が灰色だ。

 まさかっ、まさかまさかっ!

 急いで窓を開ける。空はどんよりとした雲がいっぱいだ。

 雨は降ってない。けど、地面がちょっと濡れてる。

 夜のうちに雨降った?

 僕は階段を転がり落ちるように降りて、服を着替えて「海岸行ってくる!」って叫びながら外に飛び出た。

 いつもより急いで自転車をこいで海岸へ向かう。

 どうか無事であって! と心の中で祈りながら。

 海岸についた。自転車を放りだして道路から駆け降りる。

 みんなが来てる。隙間から見える城壁部分は無事みたいだけど。

 息を切らせて、友達の間から顔をのぞかせた。

 城壁の一部は無事だ。けど、巨人の周りが全部崩れちゃってる。まるで巨人がもたれかかったために城壁が崩れてしまったかのような構図だ。

 ああぁぁ……。

 悲鳴をあげたつもりが声も出てなかった。僕はぺたんと砂浜に座った。水気を含んだ砂は冷たかった。

 友達もみんなうなだれちゃってる。製作に関わってない子達もやって来ては、みんなで嘆き悲しんだ。

 そんな僕らの気持ちにとどめとばかりに、雨が降ってきた。

 ぽつぽつ、だった雨が、だんだん、ざぁざぁになってくる。

 なんでだよっ。昨日の天気予報だと夜も今日も晴れ時々曇りだったじゃないか!

 雨に打たれて悲しみにくれる僕らは、本当にマンガの主人公になった気分だ。悲劇の主人公になんてなりたくなかったのに。

「コースケ」

 僕を呼ぶ声が聞こえた。お父さんだ。心配して追いかけてくれたんだって。

「完成間近で残念だったけど、これも一つのいい経験だと思うよ。みんながやったことは無駄じゃない。この結果を新聞記事にして出したらいいんじゃないかな」

 慰めの言葉に、涙が出てきた。

 雨に紛れて流れる涙を見られるのも、なんとなく恥ずかしくって、原作のマンガの中にあった「何の成果も得られませんでしたぁ!」って言葉を真似しておどけて見せた。

「おまえ、ここでそれは洒落にならねー」

 みんなにつっこまれて、みんなで笑った。

 最後に、雨の中で崩れた城壁と巨人の写真を撮って、解散になった。

 今日中にもう一度作り直す案も出たけれど、天気このまま雨っぽいので城壁製作は諦めた。

 僕らの自由研究は、浜辺に大きな城壁と巨人を作るが失敗に終わったという悲しくも友達ウケするレポートになった。

 タイトルは「八月三十一日の悲劇! 進撃できなかった巨人」。

 来年こそは、そーだいなプロジェクトを完成させようと友達と誓いあって、僕らの夏休みは終わったのだった。


(了)


 「競作企画 第8回夏祭り」参加作品

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