混線
学校帰りの電車の中、イヤフォンから流れてくる心地よい音楽に、わたしはすっかり心を委ねていた。
最近のイヤフォンってすごいわね、ってお母さんが言っていた。昔のイヤフォンは電車に乗ってる時に音楽をしっかり聴こうと思ったら、音漏れするぐらいに音量を上げないといけなかった、って。
今はワイヤレスイヤフォンにも周辺の音を消してくれる機能がついてて、そんなにボリュームをあげなくてもしっかり音楽が聞こえるし、周りにも音が漏れない。車内アナウンスが聞こえなくて降りる駅を通り過ごしてしまうかも、なんて心配はあるけれど。
通学時間の三十分、そんなに無茶苦茶混んでるってほどではないにしても、ただぼーっと立ってるなんて退屈すぎる。快適に通学を楽しもうと思ったら、やっぱり音楽とか欠かせないよね。
と、突然、聴き慣れない音楽が飛び込んできた。何これ?
おっとりとした女の子の甘ったるい歌声が、聴いている音楽とは全然似つかわしくなくて、うわあぁ、と脱力。ブラックコーヒーだと思って飲んだらむっちゃくちゃ砂糖が入ってた、みたいな衝撃だよ。
びっくりしたけど、その歌声はすぐに聴こえなくなった。
これってもしかして、混線? としたら、アレを聴いてる人が今近くにいるってこと?
周りをざっと見たけど、うちの高校の制服ばかりだ。その中でイヤフォンをつけてるのは……。
あ、もしかして、あの人? さっきわたしの後ろを通り過ぎてったみたいだし、イヤフォンしてるし、多分間違いないんじゃないかな。
って、げっ。生徒会長っ。
あのびしぃっとした姿勢と髪型、黒ぶちの眼鏡、ちょっと離れて行ってるのに威圧感たっぷりの雰囲気。間違いない。
でも、信じられないなぁ。生徒会長が、アニメかオタクゲームか知らないけど、あんなかわいい系の音楽を聴いてるなんて。
むっちゃくちゃ違和感、だけど、他にはいなさそう……。
これがかくれオタクってやつ?
そんな話を次の日友達にしたら、思っていたより盛り上がっちゃった。
「あの生徒会長が、オタクなんてねー」
「どんなアニメだろうね」
「歌詞検索とかしたら判るんじゃない?」
「がりがりの優等生の堅物で融通なんかきかない朴念仁って超有名なのにね。人は見かけによらないってホントだね」
「あの人きらーい。ちょっとしたことにも厳しいんだよね。口調もいやみったらしいしぃ」
「早く三月になって、さっさと卒業してくれないかなぁ。待ち遠しいよ」
みんなが口々に生徒会長の悪口をすごい勢いで言ってる。なんか悪いことしちゃったかなぁ。
そういうわたしも、あの人はちょっと苦手なんだけどね。
「そうだ! 面白いこと思いついた。もうすぐバレンタインでしょ。オタク会長さんにアニメCDをプレゼントして、周りにかくれオタクだってばらしちゃったら?」
一人が、なんかとんでもないことを言いだした。
それは、ちょっとやりすぎじゃないかなぁ。
でも話はすごく盛り上がって、どんどん進んで行っちゃった。
まず曲を特定して、みんなでアニメショップに行って、そのアニメかゲームかのCDを探そうって話になってる。
「で、でも、……やっぱり悪いと思うよ……。隠してることをわざわざばらしちゃうなんて」
「いいじゃなーい。ちょっとしたジョークだってば」
「あっちゃんだって、ちょっと校章のバッジが歪んでるからってイヤミをぐちぐち言われたじゃない。軽い仕返しぐらいしちゃいなよ」
そうなんだけど、でもなぁ。
「あっちゃん、優しいなぁ」
「よしよし。わたし達が勝手にやっちゃったってことでさ、あっちゃんには迷惑かけないから」
口ごもってたら友達に頭をなでられて、わたしはその「作戦」には加わらないでいいことになったけど……。
バレンタインデーがやって来た。
みんな、あれから「生徒会長のかくれオタクをばらしちゃおう作戦」をすすめてたみたいで、準備OKだってうきうきしちゃってる。昼休みに先輩の教室に行ってみんなで渡すみたい。
本当に買ってくるなんて思わなかったよ。
ここで「やめたら?」って言ったら、KYだって言われちゃうかなぁ。
わたしの悩みをよそに、時間はどんどん過ぎて行く。
そして、昼休み。
友達四人が甲高い笑い声をあげながら、先輩の教室に向かった。
どうしよう。わたしがあんなこと言ったばっかりに……。
どうしても気になって、わたしもこっそり後からついて行った。
友達が生徒会長を呼び出してる。
「先輩! いつも生徒会長として頑張ってる先輩に、わたし達から感謝の気持ちを込めてプレゼントです。いつもありがとうございます!」
「きっと気に入ってくださると思います!」
あぁ、わざと大きい声出して、みんなの注目を集めてるよ。
戸惑いながらも先輩は、CDの包みを受け取った。
「ありがとうございます」
軽く頭を下げる先輩。
「開けてみてください!」
四人が声をそろえてすっごい笑顔で言うから、先輩はうなずいて、包装を解いた。
「……これ……」
アニメCDを見て固まる先輩。
途端に上がる黄色い笑い声に、何事かと先輩のクラスメイトが寄ってくる。
「おまえ、これ好きなのか?」
「うわー、少女趣味!」
「ありえねぇー。堅物生徒会長がっ」
どよめきが教室を包み込んでいる。先輩は、何も言い返すことなく、じっとCDを見つめている。
ふと、先輩が顔をあげて、こっちを見た。
目があっちゃった。
ご、ごごごごごめんなさいぃ!
思わず、逃げちゃった。
生徒会長が実はかくれオタクだったというウワサは、あっという間に学校中に広まった。
それでも先輩はいつもの先輩らしく、生徒会長としての仕事を淡々とこなしている、みたいだった。
表向き普通にしてても、あんなにウワサになっちゃったらやりにくいだろうなぁ。謝るべきかなぁ。でも、なんて言い出せばいいのか判らない。
悩んでいたけど、結局わたしは行動には出られなかった。
先輩を見かけるたびに、ごめんなさい、って心で謝り続けるしかできなかった。
そして卒業式を迎えた。
クラブの先輩を見送るために、わたしも学校に行った。
お世話になった先輩達と、ちょっとセンチメンタルなお別れの最中に、すっと隣にやってきた人がいた。
――生徒会長だ。
「やぁ、こんにちは。ちょっと遅くなりましたが、バレンタインのお返しを君にさしあげます」
え? わたしに?
どうしてわたしなんだろう? と思いながら、押しつけられるようにして受け取った。
何事か、とヒソヒソ声が聞こえてくる。わたしと同じようにクラブの先輩達を見送るために来ていた友達も集まってきた。うわぁ、恥ずかしい。
「あ、あの……」
「開けてみてください」
妙に優しそうな先輩の笑顔が、却って怖いよ。圧力に負けるようにわたしはプレゼントの中身を出した。
うわぁ!
「何これ? J-POPじゃないよね?」
「ハードロック?」
「いや、ヘヴィメタル系じゃない?」
「あっちゃん、好きなの? 意外ー!」
そう、ヘヴィメタル好きなの、皆に黙ってたのに、どうして?
……あっ、あの時混線して聴こえたのって、わたしだけじゃなかったんだ!
先輩が、にやっと笑った。
「探すのに苦労しましたよ」
やられた!
顔がかぁっと熱くなる。内緒にしていたことをばらされるって、こんなに恥ずかしいんだ!
「ごっ、ごめんなさい!」
思いっきり頭を下げた。
「あ、あのっ、あっちゃんは反対してくれてたんです。わたし達が勝手にやったんです」
「ちょっとした冗談だから、って。ごめんなさい!」
「だからあっちゃんを責めないでください!」
あの時の「作戦」を実行した子達も、一緒に頭を下げてくれた。
「いいんですよ。おかげでクラスの人達と仲良くなれましたし、学生生活がより楽しく過ごせました。卒業前に素晴らしいプレゼントをいただけてお礼を言いたいほどです。ですからあなたも、ご自分の趣味を隠すことなどないと思いまして」
涙がにじんだ目で先輩を見上げると、穏やかな顔で笑ってる。
よ、よかった……。悪いことばかりじゃなかったんだ。
「それでは、僕は行きますね。君達もよい学生生活を」
先輩が手を軽く振って、歩いて行く。
「ありがとうございます! ご卒業おめでとうございます!」
わたし達の言葉に、先輩はちょっと振り返ってうなずいて、今度は振り返らずに校門から出て行った。
……意外に面白い人だったのかもしれない。
遅すぎる雪解けだったけれど、先輩のこと、ちょっと理解できてよかった。
卒業おめでとうございます。これからも頑張ってください!
(了)
SNS、twitterお題企画
お題:雪解け 卒業 イヤフォン
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます