芽吹きの笑顔

「邪魔」

 不意に後ろからかかった鋭い声に、わたしも友達も、それまでのテンションを忘れて固まった。

 楽しく盛り上がってる所に冷や水を浴びせかけられたみたいに、わたし達は口をつぐんでびくっと跳ねあがった。

 声の方を振り向くと、むっとした顔の女の子と目があった。

「三人並んで廊下歩かないでよ」

 最初に思ったのは、どうしてこの人はこんなに不機嫌な顔をしてるんだろう、ってこと。余計なお世話なのかもしれないけれど、むすっとした表情とボーイッシュな服装が相まって、女の子らしくない。うっすらと化粧をしているし、体のラインはしっかりと女の子だから間違えることはなかったけれど。

「あ、えっと、すみません」

 友達が謝って道を譲ったので、わたしも慌てて横に移動した。

 むっすり顔の彼女は何も言わずに通り過ぎて行った。

「なにあれ、感じ悪っ」

 友人が、彼女の後姿を睨みつけてつぶやいた。

 うん、確かにいい感じはしないよね。初めの言葉が「邪魔」だし。でもまぁ廊下をふさいで歩いてたのはわたし達だし、ほめられたことじゃなかったからお互い様かもしれない。

 やっと長ったらしい講義が終わってキャンパス内の学食へ向かいながら、昨日見たドラマの話とか、これからの予定とか、盛り上がって話してたんだけど、「彼女」が通り過ぎて行った後はなんだか重い空気のままだった。

 お互い、いい出会いじゃなかったのは、確かだ。


 それから一カ月ほど経った。

 歳の離れた妹の幼稚園に、教育実習生が来たらしい。

 妹のクラスにも短い間だけれど新しい「先生」が来たようで喜んでいる。妹が言うには、すっごくかわいくてたのしいせんせい、なんだって。

 幼稚園の先生になろうってくらいだから、子供のこと大好きなんだろうな。わたしにはちょっと無理っぽい。初めから幼児教育は専攻外なんだけどね。

 何にしても妹が嬉しそうでよかったね。

「ねぇ、あんた今日大学は?」

 朝、起きて台所に行くと、ベーコンエッグを焼きながらお母さんが聞いてくる。

「午前中で終わりだけど」

「昼から用事なかったら、幼稚園のお迎え行ってくれないかな」

 急にパートの交代を頼まれたらしい。わたしがお迎えに行けるなら交代できるんだって。

 まぁ特に用事もないし、いいか。

「ってことで、今日は早く帰ることになったよ」

 二限の講義が終わって、わたしは友達に事情を説明して、お昼ごはんも食べずに帰ることにした。

「大変だねぇ」

「あ、そういえば、この前の感じ悪い女ってさ、幼児教育科らしいよ。今頃幼稚園に実習に行ってるんじゃない?」

「うっそ、あの怖そうなのが? 子供泣くんじゃない?」

 友達が笑ってる。

 彼女には悪いけど、ちょっと同意しちゃったよ。

「それじゃ、またね」

 友達に手を振って、大学を出た。

 家に帰って、途中で買ってきたコンビニのお弁当を食べてほっと一息。

 と思ったらもう迎えに出ないといけない時間だ。

 家から妹の幼稚園まで歩いて十分ぐらい。もうすぐ梅雨の季節だけれど、今日は綺麗に晴れててよかった。

 幼稚園に近づくと、子供達の甲高い声が聞こえてくる。懐かしいな、わたしもここに行ってたんだよね。

「あ、おねーちゃーん」

 妹が走ってきた。

「ほら、帰ろうか」

「ちょっとまって、せんせー」

 妹が後ろを振り返って、おいでおいでと手を振っている。

 その先には、とっても素敵な笑顔の、彼女がいた。

「あ……」

 思わずそれだけ口から洩れて、あとが続かなかった。彼女もわたしを見て、笑顔をひっこめて驚いてる。

「やっぱり、さっちゃんだ」

 彼女が笑った。あの不機嫌な顔の印象を吹き飛ばすかのように、まるで宝物を見つけた子供みたいな笑顔で。新芽がほころぶような朗らかな顔で。

「え?」

「覚えてない? 幼稚園の頃、同じクラスだった、かなだよ」

 かな? かなちゃん?

 あ、思いだした。今よりもっと新しかった園舎で、よく一緒に遊んだ女の子。ボーイッシュで、活発で、女の子の制服でないと男の子に間違えられてた、かなちゃん。

 うわぁ、あのまんまだ。

 そう思うと、ちょっと笑えた。なんであの時気付かなかったんだろう。会うって思ってなかったからかな。

 かなちゃんとは、小学校は校区が違って、幼稚園で別れたきりだった。でもこんな形でもう一度会うなんて。

「久しぶりだねー」

「前に廊下で会ったけどね。あの時はごめんね。教授にイヤミ言われたすぐ後で不機嫌だったんだ」

「あはは、そういうところも幼稚園の時のままだね」

 すごく懐かしくて、もっと話していたかったけれど、彼女、かなちゃんはここでは「先生」だ。一人の「保護者」とばかり話しているわけにはいかないみたい。

「また連絡取ろう。あの時のさっちゃんの友達にも謝らないと」

 とりあえずわたしの携帯メールをメモして渡しておいた。

「それじゃ、またね」

 妹の手を引いて幼稚園を後にした。

「おねーちゃん、せんせーとおともだちなの?」

「そうだよ。幼稚園の時に同じクラスだったんだよ。あんたも、お友達と仲良くするんだよ。きっと大きくなってもずっと友達でいられるくらいの仲良しさんに出会えるから」

「うんっ。みっちゃんも、こーたろーくんも、なかよしだよっ」

 ゆっくりとおひさまが傾いてく中、妹と手をつないで歌を歌って帰った。


(了)



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 お題:初対面 芽吹き

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