シリアス
やりなおそう
なんか、もう疲れたな。
パジャマに着替えてベッドに入る時、この頃毎日溜息ばっかり。
仕事はキツい。人間関係はサイアク。
お局様はエラソーだし、男の上司は仕事の押し付けかただけ超一流で、仕事は三流。去年入ってきた後輩はかわいいだけで世間が渡れると思っている甘ちゃんだし。
彼氏とは気がつけば三週間くらい全然連絡とってない。連絡途絶えるの何度めだろう。もう自然消滅かな。
まぁいいや。たまに会ってもお気楽な大学の話しか聞かないし。こっちは汗水たらして働いてるってのにさ。週に二、三度、ちょろっと大学行って適当に単位とって、あとは遊びまくってる。
男が学生で女が働き始めたら別れるカップルが多いって聞いてたけど、本当だったんだ。私たちはそんなことにはならないよ、なんて言ってたのに。
あー、もういいや、寝よ、寝よ。
目を閉じて、しばらくしてうとうとし始めた。この瞬間が一番幸せ。
と思ったら、急に寒くなって、目をぱっちりと開けた。
……なに、ここ。
暗い、寒い部屋の中。それも壁とか全部透き通ってる。ガラスでできてるみたい。
夢? ううん。すごいはっきり意識がある。足からガラスの冷たさが体に這い上ってくる。
私、パジャマのままだ。靴も靴下も履いてないから、足がすごく冷たい。
どこ? どうやったら帰れるの?
歩き回ってみても出口はない。
外から青白く輝く満月の光が、ぼぅっとあたりを照らしている。明かりと呼べるものはそれしかない。
部屋の中には机やテーブル、グラスが置かれている。ここは、職場のキッチンだ。でも出口がない。いつも人が出入りするところも壁になっちゃってる。
どうしよう、閉じ込められちゃった。
寒いよ、冷たいよ。凍えちゃう。
誰か、いないのかな。
ガラスの壁をドンドンと叩いても、冷たく閉ざされたまんま。
音もしない。静かすぎる世界。
こんなところにずっと閉じ込められるの、やだよ。
……あ、でも、何か聞こえた。
人の声だ。
ひょっとして出られるかも、って思ってそっちを見た。
ガラスの壁の向うに人の影。あれは、先輩達だ。
『あ、あれ見て。閉じ込められちゃってるよ。かーわいそぅ』
『でもさぁ、あの子って、なんかナマイキだよね』
『そうそう、あのままでもいいんじゃない?』
先輩達、笑ってる。
その隣に次々に知っている人達が浮かび上がるように出てくる。
『あの先輩って、ガミガミうるさくてウザいんだよね』
『マジ消えてってかんじ』
『そうそう。あのまま出て来なけりゃいいよね』
後輩たちも笑ってる。
『俺さぁ、新しい彼女できたから。おまえ、もう用済みな』
ちょっと、何よその用済み、って。
『おまえは仕事の話ばっかでさ。俺のことバカにしてるだろ』
『仕事ができても、性格サイアクなんですけどぉ~』
『それじゃあね。あなたがいなくても大丈夫だから、ずっとそこに入ってなさい』
みんな、行っちゃう。
まって、まってよっ。置いてかないでっ!
手を伸ばしても、触れるのは冷たいガラスだけ。思いっきり叩いたけど、手が痛いだけ、冷たいだけ。
出たくて、出たくて、テーブルの上に置いてある、水色の星の模様の入ったグラスを投げつけた。粉々に割れて飛び散った破片が床に広がった。でもそんなものぶつけたって壁が壊れるわけじゃない。
わたし、ずっとこのまま?
いや、そんなのいやっ!
がばっと、ベッドの上に飛び起きた。
……夢、だった。よかった。
そう思ったら、ぽろぽろ、ぽろぽろ、涙があふれてきた。
カーテンの隙間から差し込んでくる朝日の輝きが、まぶしくて、でもその温かさに、ほっとした。
時計を見たら、いつも起きる時間の十分前だった。目覚ましのアラームをオフにして、ふと気付いた。
手が痛い。見たら、小指の側が赤くなってる。ちょうど、手をぐーにしてガラスの壁を叩いた場所だ。
夢、じゃなかった? 寝ている間に本当にあの部屋に……。
って、まさかね。ベッドを強く叩いちゃってたんだよ、きっと。
ちょっと早く目がさめちゃったけど、このまま用意して、会社行こう。あのキッチン、掃除しよう。
彼氏にも、メール出そう。
最近余裕なくしてて、カリカリしてたからあんな夢みたんだ。でも本当に、私ウザいヤツになってたかもしれない。
もっかい、しっかりみんなと向き合おう。すれ違ってたなら、いい関係に戻さなきゃ。
嫌な夢だったけど、心機一転、今日からまた頑張ろう。
さぁ会社についた。
まずは、キッチンの掃除からだね。
……あれ? なにこのガラスの破片。誰かコップでも床に落としたのかな。
片付けててくれないと危ないよ。
でもこんなグラスなんて、あったっけ……?
水色の星の模様を見た時、今朝の夢とオーバーラップして、私は、その場に凍りついた。
(了)
お題バトル作品
提出お題:月 時計 すれ違い グラス 寒い 輝き 煙 トマト
使用お題:月 時計 すれ違い グラス 寒い 輝き
執筆時間:60分
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