ありがとう
今頃、あいつは故郷に帰る船に乗っている頃だ。
誰にも何も言わずにこの地を離れようとしていたあいつに気付いたのは俺だけだった。
昨夜、あいつを呼び出して問いただしたら、悪びれもせずに言われた。
「そうだよ。もうわたしがここにいる意味、ないし」
「だからって何も言わずに行くことないだろ。付き合い長い俺くらいには話してくれてもよかっただろ」
「でも、あんたは気づいてくれたじゃない」
屈託なく笑われて、まぁそうだけど、と返した。
「……ごめんね。迷惑いっぱいかけちゃった」
あいつがしおらしく謝るから、俺はにこっと笑って言ってやった。
「手助けした俺に感謝してる?」
「それは、もちろん」
「だったら、ごめんなさいじゃなくてありがとう、だろ」
「そっか。ありがと」
微笑んだあいつの頭に手をポンと置いたら、少しさびしそうに笑った。
「それじゃあね」
あいつは手を振って、またすぐに会えるよと言わんばかりのあっさりとした態度で行ってしまった。
まぁ日本を離れるわけでもないし、オンラインでもつながってるし、な。
そう思って特に気にせず、俺も帰った。
俺は甘く見てた。あいつの決意を。
あの夜以来、あいつとは連絡が取れなくなった。
参加していた複数のSNSから退会し、携帯電話も番号を変えたのかつながらない。実家に電話をかけてみても、誰が尋ねてきても居場所は教えないでと強く言われたから言えない、と突っぱねられた。
黙って姿を消そうとしていたという事実を、過小評価してた。
仕事に失敗して退職した時、話をずっときいてやった俺さえも、あいつがこれから先も一緒にいたいと思う相手じゃなかったんだな。なのに、ありがとうと言えなんて、なんて思いあがってたんだろうか。あいつはそんな俺にがっかりして見限ったのかもしれない。
いつかまた連絡をくれるだろうか。「そんなこともあったよね」って笑って言いあう仲に戻れるだろうか。
信じたい。待ちたい。あいつは本当は一人が嫌いなヤツだ。
連絡取ってきたら、今度こそあいつの一番の理解者になりたい。
あいつに今度は俺が言う。帰ってきてくれてありがとう、と。
(了)
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お題:ありがとう 日本 阪神 カウボーイ ネット ニューヨーク 電話
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