後ろ暗い晴れ舞台

 さぁ、これからが勝負だ。

 気取られてはならない、俺が父親を手にかけたことを。

 晴れ舞台と呼ぶには後ろ暗い記者会見。

 一企業の社長が急死し、その息子が後を継ぐという発表の始まりだ。


 父親はマフィアに属していた。

 彼は俺を子供の頃から自分の所有物として支配した。彼の意にそぐわぬことをすれば即、拳が飛んでくる。そんな環境で育てられた。

 一度反抗して家出をしたこともあったが、連れ戻され凄惨な制裁を加えられた。

 その時から、俺はずっと狙っていたのだ。

 あの男から自由になる日を、いつか必ず手に入れる、と。

 気取られてはならない。もう二度と反抗心を表に見せてはならない。

 細心の注意を払い、ずっと従順なふりをした。

 そしてようやく、十五年かけて、地位を得、力を得た。

 その分だけ俺の手も黒く染まってしまったが、それはもう気にならない。おおよそ普通の暮らしをする人間の感覚では務められない、裏社会に生きる者に俺は堕ちきった。

 だがどうせあの男に支配されたままでも、それは同じことだった。

 家にいても父親の存在に心休まることもなく、外では過酷な仕事を強いられる。

 ならばせめて、父を葬り、わずかながらも安堵できる居場所を作ればいいのだ。

 そう思い、ひそやかに計画を推し進めた。


 記者団からさまざまな質問が浴びせられる。

 裏の仕事を隠すための会社は大した規模でもないのに、たくさんマスコミが集まったのには少し驚いたが、おくびにも出さずに質問に応えて行く。

 時には目頭を軽く押さえ、顔を少ししかめて見せ、いかにも父の死が突然で、自分にとっても青天の霹靂であったかをアピールする。隣に並ぶ有能な顧問弁護士の答弁も頼りがいのあるものだ。


“外では会社の上司と部下という目もあり、親しく接していなかったので不仲説もあったようですが、家ではそんなことはありませんでした”

“最近は、父とは酒を酌み交わしながら、よく私の結婚について話をしていました。私が幸せになればと言うのが父の最近の口癖でした”

“今思えば、彼のその言動は、自らの体の不調に気づいていたのではないかと思います。それに気付くことが出来ずに、息子として残念でなりません”


 こんな、嘘にまみれた俺の言葉を百パーセント信じる者は、おそらくここにはいない。

 それでも、俺がマフィアの一員である証拠が表舞台にない以上、この嘘が真実として記事になるのだ。

 なんて陳腐な茶番劇だろう。実の父に操られてきた俺が作りだすにはぴったりの舞台なのかもしれないが。

 

 記者会見は滞りなく終わり、記者達は少し疲れた顔をしながら三々五々、帰っていく。

 がっかりした顔も見えるが、少しでもボロがでればスキャンダルになるとでも期待していたのかもしれない。

 そんな醜態はさらさない。何年もかけて準備した、父を死に追いやる毒が死体解剖で検出されなかったのと同じように。


「お疲れ様でした」

 記者達が去った後で、顧問弁護士と固い握手をする。

 終わった。

 今ようやく、俺の長い長い、気の遠くなるような、父からの逃走が、終わったのだ。

 心地よい疲れがどっと体を駆け巡る。

 思わず笑みをこぼしそうになる。

 だが、なんだろう。

 何か胸につっかえるものもある。

 やっと自由になれたと言うのに。

 罪悪感? 後悔? いや、決してそれはない。

 自由と言いながら、今までとさほど変わらぬこれからの生活を憂いているのか? いや、そんな未練はとっくに捨て去ったはずだ。

 自分の状態に納得できないものがあるのは、気持ちの悪いことだ。

 しかし、今はどうでもいい。

 とにかく、父の死に俺は法的に何の罪もなく、会社を引き継ぎ、「突然父親である社長を失った若き新社長」というマスコミへのパフォーマンスも終わらせた。

 望んでいたままの結末を迎えた晴れ舞台をゆっくりと降り、明日からはまた、後ろ暗く地味な闘いが始まるのだ。

 俺の人生に幕が下ろされる日までに、今感じた胸の違和感の正体に気づくことがあるのだろうか……。


(了)



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 お題:晴れ舞台

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