桜と百合
桜と百合は、とても仲の良い双子の姉妹です。
小さい頃から、お互いの危機には支え合い、励まし合って育ってきました。
勉強においては、苦手な科目は教え合い、学校生活でも、クラスの子にちょっとからかわれでもすれば、全力で相手に抗議しました。
思春期になると、化粧やファッションを工夫しては、姉妹で切磋琢磨してきました。
肌の弱い桜に合う入浴剤を見つけてきたのは百合ですし、少し眉が薄いことを気にしている百合に、素敵なメイクを教えたのは桜です。
「わたし達は二人で一人! いつまでも一緒なの」
まさに一心同体のようでした。
こうして、桜と百合は、賢く美しく、成長していったのです。
同じ会社に就職して、美人で仕事のできる双子姉妹と、社内でも人気者です。
本当に、仲の良い姉妹なのです。
そう、好きになる男の人まで、一緒になるぐらいに。
桜も百合も、初めて本気で好きになった男の人に振り向いて欲しい気持ちは同じです。
そして、困ったことに、相手の男はいわゆる「女たらし」でした。
桜と百合の両方にいい顔をして、それぞれとデートを重ねるようなふとどき者です。
生まれて初めて、彼女達の絆に危機が訪れたのです。
しかし、賢い二人は、自身の半身とも呼べる双子の片割れを、直接罵ったりなどという愚かなことはいたしません。
明日は、桜が男とデートをする日です。
そんな時、百合はこっそりと入浴剤をすり替えておくのです。
肌の弱い桜は、少しでも刺激の強い入浴剤を使うと、たちどころに肌が荒れてしまいます。
「あら、桜ちゃん、どうしたのそのお肌」
「入浴剤の中身が変わってたみたい。あなたがやったの?」
「どうしてわたしがそんなことをするのよ。お父さんったら入浴剤の詰め替えを間違えたんだわ。ひどいわね」
心の中で「これでふられればいいのよ」と思いながら、百合はさも桜を心配するようなそぶりを見せて、父親に罪をなすりつけてしまいました。
後日、今度は百合がデートをする日です。
鏡に向かって、いつものように化粧をします。
眉が薄いことを気にしている百合は、特にここは念入りに、と気合いを入れています。
パウダーとペンシルで整え、ブラッシングも完璧です。
いつものところに置いてある、いつものマスカラを手にとって、ブラシを眉に当てました。
「なっ? どうして?」
髪の色にあわせたブラウンのマスカラが乗るはずの眉に、黒のまらだ筋ができてしまいました。
「あら、百合ちゃん、マスカラ間違えちゃったの? でも今からお化粧を落としてまたメイクじゃ、間にあわないかもね」
「どうして、わたしのマスカラが……」
言いながら、百合は桜を睨みます。きっと彼女がブラシに黒のマスカラをつけたに違いないと思ったのです。
「あなたが間違えたんじゃないなら、お母さんじゃない? 最近マスカラ新しくしたみたいだし」
百合の想像通り、ブラシに黒のマスカラをつけておいた桜は、この前のお返しよ、と心の中でにんまりと笑います。
二人の視線が交わり、バチバチと火花を散らせます。
しかし、どちらも「あなたがやったのでしょ」とは言えません。
口元に好戦的な笑みをたたえながら、「これからが勝負ね」と言外に語りました。
それからが大変です。
デートの前には邪魔が入らないよう、細心の注意を払わねばなりません。
そしてデートの最中に、男にライバルの印象を悪くする言葉を聞かせ続けるのです。
あからさまに悪口を言ってしまっては、自分の心象まで悪くなってしまうので、仲良く過ごした昔の思い出を語る間に、失敗談を織り交ぜていきます。
あれだけ仲が良いと評判だった姉妹は、社内でもひそひそとささやかれるほど、恋のライバル関係を発展させて行ってしまいました。
このままではエスカレートして、ついには直接手を出すのではないか? と危惧された、そんな時。
男が、あろうことか、姉妹とは別の女に手を出していることが発覚しました。
「桜ちゃん、聞いた? あの人、隣の課の新人ちゃんともデートをしているんだって」
「それが、あの子だけじゃないって話よ? 許せないわね」
「えー? それホント? わたし達をないがしろにするなんて」
「そうよ。あんな冴えない子達と一緒にされるなんて」
姉妹は顔を見合わせて、にっこりと笑います。
偽りの笑顔ではなく、仲が良かった頃の、心からの笑顔です。それはそれは、美しい笑顔でした。
「ねぇ、休戦しない?」
「そうね。わたし達を敵に回したらどうなるのか、知らしめてあげる必要があるわ」
二人は手を取り合って、深くうなずきました。
桜と百合。彼女達は、とても仲の良い双子の姉妹なのです。
(了)
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お題:眉毛 入浴剤 ドロドロの恋愛話
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