人生初体験
今年も来た。この悪魔の時期が。
お正月からひと月ちょっとでやってくる、リア充イベントだ。
カップルは気持ちを確かめあい、片思いのヤツがリア充へと昇格して行く、バレンタイン。
クラスの連中は、女の子達は誰にチョコをあげるのか、男達はいくつもらえるのか、今から取らぬ狸の皮算用だ。
ふん、チョコレート会社の陰謀に踊らされやがって。
俺はそんなものには乗らないぞ。けど、周りで本命、義理チョコ、友チョコ、挙句の果てには失チョコとか言いだして、うっとうしいことこの上ない。そんなにチョコ食いたいならバレンタインに限らず自分で買って食ってろ。
別に、俺が生まれてからずっと、母親以外の女からバレンタインにチョコレートをもらったことがないのをスネてるわけじゃないからな。
チョコレートの数を数えて喜んだりしてるぐらいなら、カードゲームのレアアイテム引いた方が断然嬉しいっての。
俺のことをキモいオタクだとか言ってるヤツもいるみたいだけど、一つのことに熱中できないヤツなんて、何に対しても一生懸命になれないハンパ者に決まってる。俺は、それなりに服装とかにも気を使ってるつもりだし、オタクを馬鹿にするために言われる典型的なフケツオタクとは違うんだ。そもそもオタクじゃなくてマニアと言ってほしい。
別にチョコをもらえないからって人間の価値が下がるわけじゃなし、気にしないけど、バレンタイン当日は、とにかく周りがやかましいし、チョコもらった連中がもらえなかったヤツをバカにする風潮も気に入らない。
この世からバレンタインなんてなくなりゃいいのにさ。
あーあ、今日は休みたいなぁ。
けどそれこそ「もらえないと判ってるから逃げた」とかしつこく絡まれるネタになるだけだから、仕方ない、行くか。
通学路で見かける奴らも、なんだかいつもよりぎゃーぎゃーやかましい気がする。あぁ、耐えられねぇ。
学校について、靴箱のとこまで歩いてくと、クラスの女の子達が騒いでる。
「ねえ、どこで渡す?」
「机の中に入れちゃおうか」
「でもいつも誰かいるし、こっそりは難しいよ」
「じゃあ、放課後、家に行く?」
「やだー、はずかしぃー」
きゃはははー、と甲高い笑い声が耳ざわりだ。
なにが「はずかしー」だよ、だったらやるなっての。
俺が靴を履き替えてそばを通り過ぎる時も、まだ騒いでる。
「じゃあ、ここに入れちゃおっか。まだ来てないみたいだからすぐ気付いてもらえるよ」
「あ、それいいね」
どうやら、靴箱の中に入れることにしたらしい。食い物を靴箱にって、ちょっとその神経疑うな。
女の子達は、まだわいわい言いながら教室の方に歩いてった。
誰だ? 靴箱にチョコなんて入れられたかわいそーな奴は。
そんな好奇心から、俺は昇降口にこっそり戻った。
靴箱のひとつがカラフルになってる。
あいつらみんな、同じヤツにチョコやったのかよ。上靴が見事に隠されてしまっててこれじゃ靴出せねーだろ。新手の嫌がらせかと思う。
……って、この靴箱の主って……。
俺はかっと頭が熱くなるのを感じた。
いつもつるんでて、カードゲームも一緒にやって、バレンタインなんてさー、っていってた唯一無二の親友の靴箱じゃないか。
まぁアイツ、顔可愛い系だし、なんとなく女子が可愛い可愛いって騒ぐのも判るけどさ。
あっ、来たっ。
チョコを大量にゲットした親友が、のほほんとした顔でやってきた。俺はとっさに隣の靴箱の裏に隠れて、そっと覗いた。
チョコを見たアイツは、驚いて、でも丁寧にチョコを鞄にしまった。
なんだよ。俺には「チョコなんていらないよね」なんて言っておきながら、アイツ、裏切りやがって。
おもしろくない、おもしろくないぞ。
教室は予想通り色めき立った雰囲気になっちゃって、隅っこではチョコもらえない男がどんよりしてる。
俺もチョコもらえないけど、がっかりしないぞ。
それよりも裏切り者の親友に腹が立つ。
とりあえず今日は無視だ、ムシ!
いつもよりもさらにクソ面白くない学校が終わって、俺はさっさと家へ帰った。裏切り者? もちろん放っておいてやったぞ。今頃女どもに囲まれて誰を選ぶかなんてせまられて、ニヤけてんじゃないか? けっ。
ゲームとかやる気も起きなくて、宿題なんてもっとやる気がなくて、ベッドの上でごろんと横になってたら、玄関のチャイムが鳴った。
いつの間にか夕日が沈みかけて、薄暗くなってきている。部屋の電気をつけた時、玄関から母親の呼ぶ声がした。
俺に客? 誰だ? あぁ、裏切り者が釈明にやってきたか。
土下座して謝ってきたら許してやらないでもないけど、なんて考えながら階段をおりて玄関を見ると。
知らない女の子が立っている。
中学生ぐらいかな、そう学年は離れてない感じの、目がくりくりっとしててかわいらしい子だ。柔らかそうな髪の毛にピンクのカチューシャつけてて、ふわふわの襟のコートを着て、チェックのミニスカートがよく似合ってる。
「えっと、……誰?」
「これ、あげる」
俺の質問に重なった女の子の声はか細くて、多分そう言ったんだろうって感じだった。彼女は両手を俺に差し出した。
そこには、ピンクのいかにもな包装紙で包まれた箱が。
これって、チョコ?
驚いてる俺に押しつけるように持たせて、その子は顔を真っ赤にして、慌てて走って行ってしまった。
「へぇー、あんたも女の子からチョコもらうようになったんだ。よかったねぇ。同じクラスの子?」
母親が台所から顔をのぞかせて興味津津って感じで聞いてくる。
「知らない。ってか関係ないだろっ」
わけわかんないのと、恥ずかしいのとで俺はそういい捨てて自分の部屋に戻って行った。
部屋のドアを閉めて、床に座り込む。なんか、胸がすごいドキドキする。階段を走って上ったからだけじゃない。今まで味わったことないような、こそばゆい感じ。
わざわざ家に来るってことは、義理チョコじゃないよな? どこの誰だか判らないけど、俺に本命チョコくれたんだよな?
チョコを差し出して、顔を真っかっかにして走って行ってしまった女の子の後ろ姿を思い出す。ミニスカから伸びる足は細くて綺麗だったな。
うわー、うわー! 思いだしたらまたドキドキしてきた。爆発しそう。
なるほど、リア充爆発しろって、こういうことだったのかっ! 心臓発作でそのまま逝っちまえってことなんだな!
床に正座して、チョコを目の前に置いて、人生初の本命チョコとやらをじっくりと見る。
何だか開けるのももったいないぐらいなんだけど、相手が誰なんだか判らないことには始まるもんも始まらない。
俺は、そーっと、そおぉ……、っと、包みを破らないように開けて行った。こんなに気ぃ使ったのなんて産まれて初めてかも。
中からは、なんだか高級そうな小さなチョコの箱と、手紙が出てきた。
キター! 俺にチョコ、キターッ!
ごめんなリア充達、いつもいつも馬鹿にしてて。本当はうらやましかっただけなんだ。
月曜日、アイツにもチョコたくさんもらってよかったなって、笑顔で言おう。
さて、手紙を読もう。これが人生初のラブレターなんだろうと思ったら、顔がニヤけてくる。
恥ずかしそうにチョコを渡してったあの可愛い子なら、よっぽど性格がアレじゃない限り、喜んでお付き合いしたいところだ。
どれどれ……?
『これからも仲良くしてね。 ユキ』
ピンクの便せんに、丸っこい文字で、ハートマークなんかも書いてたりする。
うわぁ。可愛い。
ユキちゃんかぁ。どこのユキちゃんだろう。
……ん、でも「これからも」って? 俺、ユキちゃんなんて子と今まで仲良くした覚えないけど……。
ユキちゃんの顔をよく思い出してみる。
……えっ、えええぇぇぇぇぇっ!?
アイツだっ! 裏切り者の親友だっ。アイツ幸弘って名前で、よくユキって呼ばれて……。
女の子の格好だったから、アイツだなんて判らなかった! 思いもしなかったぞ!
えぇっと、これって、どう解釈したらいいんだ?
チョコがなくてスネて無視した俺への仕返し? それともちょっとしたジョーク?
顔赤らめてたよな。
いやいやまさか、そんなそんな、……マジ?
うわあぁぁぁっ! 俺、どうアイツに反応したらいんだ?
人生初すぎて、わっかんねぇ。
教えて! エラい人ぉぉぉおっ!
(了)
バレンタインお題掌編
お題:学生が出てくるバレンタインの話
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