ココナッツチョコレート・ドリーム

 ついてないなぁ。

 学校に忘れ物を取りに戻ったら、帰り道で雨に降られちゃったよ。制服のブレザーとズボンに雨がしみ込んで重くなってくる。せめて駅までは走っていけるかと思ったけど、こりゃどこかで雨宿りした方がいいかもしれない。

 雨降るなんて天気予報で言ってたっけ? にわか雨ぐらいならいいんだけど。

 今日は木曜日で、学校近くの商店街は休みの店が多い。灰色のシャッターにもたれて、僕は一息ついた。

 雨がだんだん強くなってきた。あーあ、いつやむんだろ、これ。

 アスファルトの道路があっという間に黒く染まっていく。もうところどころに小さな水たまりができはじめた。

 上を見る。朝の青空が嘘みたいに、重苦しい雲が空を陣取っている。

 せめてもうちょっと小雨になってくれればいいんだけど。

 僕はブレザーのポケットからハンカチを出して、肩や腕のあたりの雨をぬぐった。

 雨独特の湿り気と匂いに、溜め息一つ。

 こんな時、漫画とか、ギャルゲーとか言われてるゲームとかだったら、可愛い女の子との出会いがあったりするんだよな。

 あの、よかったらこれ使ってください、って傘を差し出す女の子とか。

 いや、相合傘の方がいいな。よかったら一緒に駅まで行きませんか? だな。

 ずっと片思いのクラスメイトがそんなふうに現れるのを想像して、思わずにへらっと笑う。

 いやいや、何のとりえもなくて、顔も別にいいわけでもなくて、勉強もスポーツも人並みかそれ以下で、得意なことなんて何一つない僕の現実はそんな甘いもんじゃない。なんとなく学校卒業して、どこかの中小企業に正社員で入れたなら御の字。フリーターでもおかしくない世の中だ。どっちにしろ会社の歯車としてこき使われてできが悪けりゃぽいっと捨てられる。

 うわー、自分で考えておいてなんだけど、夢も何もあったもんじゃない。

 せめて想像くらいもっとマイルドに甘く行ってもいいだろう。ビターチョコより、僕はココナッツ入りの甘めの方が好みだし。

 じゃあ、さっきの想像の続きだ。片思いのあの子が、ピンクの傘なんかさして、ゆっくり歩いて行って、僕の目の前を通り過ぎようとした時に、はっとこっちに気づいて、僕をみてにっこり笑うんだ。

 いや、恥ずかしがってる方があの子らしいかな。内気な子だし。

 それで、「あ、あの、よかったら、駅まで一緒に行きませんか?」なんて言ってくれるんだよ。

 僕はなんて応えよう。「え? いいの? ありがとう」かな。そして二人は同じ傘の中で、お互いが雨に濡れないように気遣ってくっついて歩いて、でも肩とか腕とかが当たったら、顔がかぁっと赤くなって離れちゃったりして。

 駅までの会話は、少なめだよな。でもお互いに好きなテレビとか、本とかの話なんかして、共通の何かがあったらそれで盛り上がったりして――。

「あの、よかったら、駅まで一緒に行きませんか?」

 僕の妄想は、女の子に一声で打ち切られた。

 え? まさか?

 目の前に、あの子がいる! こっちを見て、恥ずかしそうにしながら、ピンクの傘をちょっと差し出してる。

 まるで妄想のままじゃないか! なんだこれは? マジか? まさか夢オチとかじゃないだろうな?

「え? いいの? ありがとう」

 ……って、あれ? 僕何もまだ言ってない。この声はなんだ?

 あの子の傘に、同じ制服の男子が入ってく。

 あ、あれ? いつの間に隣に誰かいたんだ? ってか、僕は無視ですかっ?

 何が何だか、混乱する僕の目の前で、僕の妄想通り、二人がピンクの傘に身を寄せ合って、駅の方に歩いていく。

 夢オチより最悪だ。

 現実は、やっぱりビターだった。


(了)



 お題バトル参加作品

 提出お題:ココナッツ 歯車 さいころ にわか雨 春一番 青空

 使用お題:ココナッツ 歯車 にわか雨 青空

 執筆時間 55分

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