悪魔の遺伝子

 まずった。これはまずった。

 他のどんなところが劣っても人を見る目だけはちょっと自信があると思ってたのに。

 気に入らないことがあるとすぐに手をあげる。いわゆるDV男。

 いや、そんな生ぬるいもんじゃない。あいつは、マサキは悪魔だ。

 付き合いはじめは優しくて、わたしの言うことに理解があって、プレゼントなんかもまめにくれて、君の時間は君のものだから束縛なんてしないよ、なんて調子のいいこと言ってたのに。

 一緒にアパートに住み始めて、ガラッと態度が変わった。

 最初は、ちょっと残業になって帰るのが遅くなったら烈火のごとく激しい口調で怒鳴られた。こっちだって働いてんのよ。会社の後の付き合いだってあるよ。あんたと同じなんだよ。それを「女はそんなことしなくていい。適当に仕事して定時で帰ってこい」ってどういうこと?

 それから友達づきあいにまで口出してくるようになった。女の子とたまに出かけて何が悪いのさ。ちょっと出かけてたらケータイをひっきりなしに鳴らしてくるし。出なかったら、部屋に帰るなり殴りつけてきたときは痛かった以上にびっくりして声も出なかった。銃でいきなり撃たれたかのようなショックだったよ。

 果てには、細かいことにまで文句をつけるようになってきた。やれラーメンがぬるいだ、カーペットの隅っこにほんのちょっとのシミがあるだの。夜中に豆腐の味噌汁が食べたいなんていきなり言われてコンビニに買い物にパシらされたこともある。

 昨日なんて、自分が遊んでたテレビゲームで負けたからって蹴られた。完全な八つ当たりだ。

 暴力の頻度もどんどん増えてきてる。こっちがちょっと我慢してたら、こいつはていのいいサンドバッグだと勘違いされたのかも。

 冗談じゃない。本当に、ヤバい。何とか逃げ出さないと。

 でも、この手の男はしつこいって話だし、逃げ出したのがばれて捕まったりしたらまたエスカレートしそう。ううん、絶対にする。

 このままだと、最悪、悪魔の子を妊娠、なんてことになりかねない。

 嫌だ、絶対に嫌だ。

 逃げるなら、チャンスは一度だ。

 どうやって逃げよう。

 警察? いや、無駄だろうなぁ。

 引っ越し先をこっそり探して、いきなり家具を全部新居に移しちゃう?

 でもそれだと勤め先に押し掛けて来られそう。変装したって無駄だよね。

 誰かのところに逃げたって、そっちに迷惑かかっちゃうし。

 うろうろと、部屋の中をクマのように歩き回って、あれこれ考える。

 ……そうだ! あの悪魔よりも強いヤツを味方につければいいんだ。

 探そう。悪魔に勝てる、大魔王を。



「こら! マサキ! 妊婦さんに重いもの持たせるなんて、思いやりのない子だね。どこで子育て間違ったんだろう」

「お義母かあ様ぁ、そんなふうにおっしゃらないで。マサキさんはお仕事でお疲れなんですよぉ」

「まぁ、なんて出来た嫁だろうねぇ。ほら、マサキはちゃっちゃと片付けなさい!」

「……どこで間違ったはこっちの台詞だ。どこで歯車が狂ったんだ……」

 結局、DVマサキとは結婚した。

 だって、最強の魔王が近くにいたんだもん。怒鳴り声だけですべてを焼き尽くす紅蓮の炎のような威力がある、悪魔の母。

 ううん、わたしにとっては女神さまだわ。

 そう言えば、どこかの神話にカーリーって言う怖い女神さまがいるらしいね。ぴったりかも。

 とにかく、お義母様を味方につけたわたしに、もう怖いものはない。

 マサキの子はできちゃったけど、そうね、願わくばこの子が女の子であってほしいな。

 そうすれば女三代で元悪魔をずっと支配出来ちゃうもんね。

 え? わたしも十分悪魔?

 そりゃ、毒をもって毒を制す。悪魔をもって悪魔を制す、ってね。


(了)



お題バトル参加作品

お題:炎 ラーメン 神話 歯車 銃 豆腐 変装 ゲーム 悪魔

使用お題:すべて使用しました。

執筆時間:45分

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