大逆転かかしくん
――やーい、かかしー、かかしー。
――立ってるだけの役立たずー。
昔からそんなことを言われて、ついについたあだ名は「かかしのはら」。かかしだけではそっけないからって、後ろに苗字の原をつけられた。
確かに俺は子供の頃は、ひょろひょろにやせていてトロいし、動いてるよりじっとしてる方が好きだけどさ。
ガキの頃のあだなは、そのうち短縮されて、大学の連中には「かはらちゃん」とか呼ばれたりもする。
だからグループに初対面の相手が混じると必ず「なんで原くんなのに『かはら』って言うの?」って聞かれる。
実はこいつの昔からのあだ名が「かかしのはら」でさ、なんて説明が、頼んでもいないのに仲間内から飛んでくる。今はもう痩せてない、ってか太ってるから、余計にあだ名とのアンバランスが目立ってなんとも恥ずかしい。
俺はそれにへらへらと笑ってうなずくなんてのも、もう慣れっこになったけれど。
嫌われてるか、というとそうでもない、と自分でも思うくらいには、サークルとか入ってるゼミの連中に、あれやこれや誘われる。正直面倒くさいんだよね。それより本とか読んでる方がいい。
ま、付き合いってもんがあるから、合コンとか適当に顔出してるけど。
当然カノジョなんてものはできたことない。
適当に話あわせてるだけの根暗でデブでトロい奴なんて誰も本気で相手にしないなんて、判り切ったことだから俺も時間つぶしくらいに思ってる。
で、そんな時間つぶしの予定が手帳に書かれてる。
「かはらちゃん、今夜、いつもの居酒屋な」
ゼミの中でもモテ男、斎藤がにこやかに声をかけてくる。
こいつは顔も頭もいいし、性格もいい。モテるのに嫌みなところがない。だからなおさらモテる。男のやっかみなんてものも受けてない。なんてうらやましい勝ち組だ。
きっと明日のバレンタインも山のようなチョコをもらうんだろう。それも義理じゃなくて本命チョコばかりだ。
モテてるのに特定のカノジョはまだいないらしい。どの子もピンとこないってさ。選べる立場だけでも十分だろうに。
「あぁ、うん。遅れず行くよ」
「かはらちゃんも、もうちょっとしゃきっとした格好して来いよ。かはらちゃんのよさを判ってくれるコは、きっといると思うけど、第一印象で嫌われちゃったら始まらないだろ」
まぁ確かに、よれよれのシャツとしわしわのジーンズじゃ、あんまりにも引き立て役過ぎるよな。脇役決定と言っても、やっぱある程度フツーに女の子達と話ぐらいしたいし。
講義が終わってから、家に帰ってシャツとスラックスに着替えるついでにシャワーも浴びた。
これでまぁ不潔には見られないはず。
合コンの会場の居酒屋の、座敷の一角を占領して、お嬢様大学の美人たちと合コンだ。
ノリのいいゼミのヤツが司会役で、野郎たちを紹介していく。
「――で、こいつが原。通称『かはらちゃん』でーす」
「からは?」「どうして?」
お決まりの質問が飛んでくる。
「こいつ、小学校んときに『かかしの原』って呼ばれてたらしくってさ。長いから略して『かはら』になったんだって」
「かかしー?」
女の子達がくすくすと笑う。俺も頭をかいて笑う。これもいつものこと。
自己紹介も終わって、それぞれお目相手の相手の横に座って歓談タイムだ。
俺のそばには誰もこないのも、まぁいつものこと。近くのグループになんとなくまじってにこにこしながら相槌をうってるだけだ。
それでもまぁ、みんなの話から流行の音楽とかテレビドラマとかの話が聞けて、面白いってっちゃ面白い。
みんなもう、お目当ての人の夢中でカップルもちらほら出来始めてる感じだ。
モテ男の斎藤は、茶髪ロングヘアの美人さんと仲良くなってる。確か水野さんだったっけ。うん、今回の女の子の中で一番カワイイと思う。さすが斎藤だ。
そばのグループの連中に話を振られたら適当に応えて、のいつものやり取りの合間に、女の子に相手にされないならせめて飲み食いだけはしっかりしておこうと目の前のビールとつまみを自分のそばに引き寄せた。
「かはらちゃん、さん、って美味しそうに食べますねー」
「えっ?」
焼き鳥がうまくて、ついついいつもの調子でがっついてたら、不意に声がかけられた。
目の前には茶髪ロングヘアの、すっごい美人! あ、あの斎藤と仲良くしてた水野さんじゃないか!
うへっ。思わず鳥を噴きそうになった。
「あ、はっ、はいっ」なんとか口の中の鳥を喉の奥に押しやって、うなずいた。
「わたし、料理作るの好きなんですけど、いっつも多く作りすぎちゃうんですよ。だから、たくさん食べてくれる人がいいんですよねー。明日のバレンタインで配るチョコケーキも、余っちゃって……」
えへ、とでも言うように彼女が笑った。
か、かわいい……。
「かはらちゃんさん、食べてくださいます?」
「そ、そりゃよろこんで」
「わぁ、うれしい」
それでは早速とばかりに、カノジョは紙袋をどーんと俺のそばに置いた。そして、あれよあれよという間に、彼女は俺の携帯のメールアドレスを写し取って、メールを送ってきた。
「食べたら感想聞かせてくださいね」
彼女はにっこりと笑って、また斎藤のところに戻っていった。
斎藤も驚いた顔をしてる。俺と目が合うと、慌てて取り繕った顔で笑ったけど、ありゃちょっと悔しかったんだろうなぁ。
つまり、俺、今回勝ち組?
まさか太ってることが勝因になるなんて思わなかった。
こうして、俺も人生初めてのカノジョをゲットした。
作ってくれるご飯もお菓子も美味しくて、体重も余分にゲットしたけれど、まぁそれは幸せの副産物ってことで。
(了)
SNS、twitterお題企画
お題:脇役 手帳 かかしのはら
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