平和な昼下がり

 俺の、狭くもあまりきれいとは言えない部屋に彼女がやってきて、いつものように過ごす。

 特に二人で何をするわけでもなくて、思い思いにやりたいことをやる。

 テーブルの上に置いた、アナログの目覚まし時計が、かちっ、かちっと時を刻む。

 ゆっくり、のんびりのひと時だ。

 俺の本棚から、漫画の最新巻を引っ張り出して彼女が読んでいる。

 ほっそりとしたきれいな指だ。なんか今日はネイルアートなんかしてるぞ。少年漫画とはちょっとミスマッチだけれど。

 俺は思わず自分の爪を見た。あ、伸びてる。

 パソコンの前から離れて、爪切りを探す。……どこだっけ。

 小物入れの中から見つけ出して、ティッシュを畳の上に敷いて、爪切りを動かした。

 ぱちん、という音に彼女が怪訝そうに顔をこちらに向けたけれど、どうやら目を離したくないらしく、また漫画の世界に戻って行った。

 ぱち、ぱちん。

 ぱら、かさり。

 爪を切る音と、本のページを繰る音が、なんだかメロディを奏でているみたいで、思わずふっと笑った。

 おっと、メガネがずれた。俺は指でメガネのブリッジをちょいとあげる。下を向いてるとどうしてもずってくるよな。

「……なんで今なわけ?」

 久しぶりに発せられた彼女の声が、小さな音楽会を終わらせた。どうして今爪を切るのかと聞いているらしい。

「なんで、って、……あ、ほら、夜に爪を切ると親の死に目に会えないっていうからさ、気づいた時にね」

 君の爪に見とれたから、なんてこっぱずかしいことは言えない。

「そんなの迷信でしょ」

「まぁそうかもしれないけどさ、――いてっ」

 思いがけず深爪してしまった。

「あーあ、気をつけてねー。爪切りって結構凶器だよね」

 彼女がけらけらと笑っている。人ごとだと思って。

「何が凶器だ大げさな。そんなこと言ったら何でも凶器になるよ」

「たとえば?」

 そう切り替えされて、彼女の手にある漫画本が目についた。

「本の角って結構痛いだろ。鈍器だ鈍器」

「じゃあメガネだって、つる開こうとして指の先挟んだりとかさ」

 あ、それ、この前俺がやった失敗談。くそー、まぜっかえされた。

 思わずむぅっとすると、彼女が漫画を置いて寄ってきた。

「ほらほら、せっかくカノジョが来てるんだから爪切りやめて、一緒になんかしよっ」

「そっちだって漫画に没頭してたくせに。……もういいのか?」

「読み終わったし」

「うわ、早っ」

「はい、爪切り置く。それとも切ってほしい?」

 うん、って、いや、違うっ。思いっきりかぶりを振ったら彼女に小突かれた。

 爪切りを置いて、テレビとゲームのスイッチを入れる。

 そんな平和な昼下がり。


(了)


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 お題:本 爪切り 眼鏡

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