切ない・シリアス

蛍の光

 小さな村の小さな祭り。

 田植えの時期に行われる、豊穣を願う土着の祭りが今年もやってきた。

 去年までは当たり前のように準備を手伝わされていたが、この春から都市に働きに出ている俺は、あまり家にいないということでお役御免となり、今年は「たまたまよそからやってきた客」の気分だ。

「俊一、悪い。祭り行けなくなった。ちょっと家の用事でな」

 待ち合わせの場所にやってきた幼馴染の健太が申し訳なさそうに頭を下げた。

「そっか。瞳、がっかりするな」

 瞳は、やはり幼馴染の元同級生で、幼い頃は三人ではしゃぎまわっていたものだった。

「俺が居なくたって多分そんなにがっかりしないと思うぞ。……それじゃ、またな」

 健太が意味深に笑って足早に去っていった。

 そして入れ替わるように瞳がやってくる。

「ごめーん、遅れちゃった。あれ、健ちゃんは?」

「家の用事でこられないってさ」

「そう。ざんねーん。じゃ、今日は俊ちゃんとデートだね」

 冗談めかして笑う瞳の笑顔は昔のまま。仕事で疲れた心を癒してくれているようでなんだかほっとする。

 俺らは連れ立って祭りの会場へと向かった。まぁ会場と言っても小さな村祭りだ。豊穣祈願のために組まれた社はそれなりに立派だが、露天の出店の列は素通りすれば三分とかからずに抜けられる。店を冷やかしながら歩いても、十分程度で見る店はなくなってしまう。

「そうだ、俊ちゃん。蛍見ようよ」

 瞳が俺の手を引いて、近くの川辺へと向かった。まだ自然が多く残るこの辺りには、ホタルの仄かな明かりは珍しくない。

 斜面の上に腰掛けて、俺達は蛍の光を楽しんだ。

「ねぇ俊ちゃん。わたし、俊ちゃんに言っときたいことがあるの」

 暗がりのなかで瞳がこちらを見て言う。

「わたしね、俊ちゃんのことが好きだった。ただの幼馴染の枠を超えたかったけど、……もうちょっと勇気があればな……」

 まるで過去の話のような語り口に驚いて瞳を見た。

 彼女の寂しそうな笑顔が、急に明るく浮かび上がった。

 一体どこから現れたのかというような、ホタルの群れ。その神秘的なまでに輝く光に照らされて、彼女が立ち上がる。

「けど、楽しかった。ありがとう俊ちゃん。……ばいばい」

 幾百、幾千もの光が四散すると、瞳の姿も薄くなっていく。

 何がなんだか判らないまま呆然と見つめることしかできない。

「……瞳」

 やっとの思いで名前を呼んだが、それで終わりだった。水辺はまた、先程までのほの暗さを取り戻す。違うのは、隣に瞳がいないことだけ。

「……わたしね、ずっと俊ちゃんのこと、好きだったよ」

 彼女の言葉が、やけにはっきりと耳に残った。


 祭りの後で、健太に病院に呼び出された。

 彼が俺に別れを告げて家に戻る途中、事故に巻き込まれた瞳が病院に搬送されるところに遭遇したと言う。それから、俺の携帯に何度かコールしたらしいが、なぜかつながらなかったらしい。

 俺は携帯を確認した。着信履歴を見ても、健太どころか誰からも着信していない。

 あの出来事を話そうか、一瞬迷ったが、瞳が最期に俺に会いに来てくれたことは、俺の胸のうちにしまっておこうと思った。

 彼女の思いとともに。

 まばゆいばかりの蛍の光に浮かんだ、少し寂しそうな笑顔を、俺は一生忘れないだろう。


(了)


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 お題:蛍

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