運命なんて……!

 ――ねぇ、どうしてまいにち、こんなことしないといけないの?

 ――仕方がないのじゃ、そなたの運命なのだ。

 うんめい、わたしのうんめいなのね……。


 って、子供の頃は信じてたわよ。

 何が運命だ。こんなのは運命じゃない。


 今日も今日とて基本のトレーニング、剣の打ち込み、うちがひいきにしている商人さんの仕入れの手伝いで武器や鎧の運搬と重労働あめあられ。

 それもこれも、運命なんて名付けられた体質のせい。


「ほらほらぁ、嬢ちゃん、サボってるとブヨブヨになっちまうぞー」

 やめてっ! それシャレになってない!

「しかし、うら若き貴族の御令嬢が力仕事ばかりってのもかわいそうだよなぁ。本当なら、統治やなんや、そっちのことを勉強しておけば、あとは嫁入り先の御曹司とうまくやれば安泰なのにさ」

 政治についても勉強してるわよっ。忙しいったらありゃしない。

 それもこれも、運命なんて名付けられた体質のせい。


「おぉ、戻られたか。ではこの書類に目を通しておきなされ。いずれはお嬢様が直々に交渉なさるようになる案件じゃ」

 今ではすっかり教育係然としたじぃやが、重労働でへとへとになったわたしにに、どんと書類を渡してきた。

「それが終わったら、宮廷に出向いて騎士たちと剣の稽古ですぞ」

 はあぁぁ、もう、イヤ!

「どうして、わたしがこんな目に……」

 思わずこぼしてしまったのを、じぃやが聞き逃さない。

「仕方ありませぬぞ。お嬢様はそういった運命にございます」

 じぃやの、当たり前という口調に、ついにわたしは怒りを爆発させた。

 わたしは、じっとじぃやを見つめて恐ろしく落ち着いた口調で反論する。

「何が運命なものですか。運動や肉体労働をしなければ太ってしまうという体質なだけでしょう。魔法でも高価なやせ薬でもどうにもならない体質なんて、運命ではなく、呪いですわ。体を動かすというのは対処療法にすぎません。上級の解呪リムーブ・カースを使える治癒師を探した方がいいのではなくて?」

 静かに、あくまでも静かに怒りを表したのは、感情的になっては話が通じるものも通じなくなる、という交渉術を叩きこまれたおかげ。

 元々切れ長の目がつり上がって、さぞ怖い顔になっていることでしょう。

 じぃやは、ぎょっとして、しかし気を取り直したように軽く首を振ってから言葉を返してくる。

「その通りかもしれませぬな。しかし高位の治癒師にも治せなんだものは、もはや運命と置き換えるしかあるまいて」


 そもそも、なぜこんな体質になったかと言うと、先祖代々から受け継がれているらしい。

 別に、血の存続にこだわって近親者で婚姻を繰り返したとか、そういうわけでもないのに、むしろ、この呪われた体質が受け継がれないようにと、遥か遠方の方と血縁を結んでも、個人差はあれど変わらないそうだ。

 本当に、ここまで行くと呪いよ。

 どこまでこの呪いが強力かと言うと、病気などで食欲が失せて絶食状態が続いてもやせないのだそうだ。

 だから、運動をするしかない。それだけが肥満を食い止める唯一の方法なのだ。


 じぃやの返答に、はぁ、とわざとらしくため息をつくと、さすがに気の毒に思ったのか、いつもより少しだけやさしい口調で、では頼みましたぞ、と言い残して去って行った。

 彼や両親とて、ただ運命と嘆いているばかりではなく、手は尽くしてくれているのだ。

 仕方がない。やるべきことはやらねばならない。


 それから数日後、お父様に呼ばれた。

 いつもはいかめしい顔ばかりのお父様が、なぜか朗らかな笑顔でいらっしゃる。

 何か、いいことがあったのかもしれない。もしかして、運命という名の呪いを解く方法が見つかったとか?

 思わず期待をしてしまう。

「喜べ、愛する娘よ。我が家系に代々引き継がれる肥満の体質が改善されるやも知れぬぞ」

 来た! 来た来た来た!

「それは喜ばしい限りですわ」

 本当は飛び上がってはしゃぎたいところだけど、内容を聞いてみないことには、と圧しとどめる。

 でもきっと、すごく期待を込めた目でお父様を見ているに違いない。

「全国どころか、他国にも使いを出して、この状況を打破できるものを探させておったのだが、ついに見つけたのだ」

 さすがはお父様。

「おまえは、彼と結婚するのだ」

 ……はい?

 お父様は後ろに控えている男を手で指し示した。

 おずおずと前に出てきたのは若い男。小指でつついただけで骨が折れそうなほどのひ弱さを惜しげもなくさらしているような、ひょろ男。

「なぜ、唐突にそのようなお話が?」

 期待をした分、裏切られた感が半端ないんですが。

「彼は遥か西方の国の大商人の若旦那でね。それが、食べても食べても太らないのだそうだ」

 お父様、何? その「これで万事解決」という、したり顔は。

「判るだろう? 彼と結婚して子をなせば、二人の体質で相殺しあって悲劇的運命の血筋はなくなる、ということだ」

 ……判りません。

「お父様。悦にいってらっしゃるところに水を差すようで申しわけございませんが――」

 わたしは、すぅっと息を吸いこんだ。

「それで例えば子が救われたとして、わたくしと彼はどうなるのです? まっっっったく、救われないのですが」

 最後の部分に思い切り力を込めると、お父様がたじろいだ。

 更に続ける。

「何が楽しくて、互いのコンプレックスを刺激し合って生活しなければならないのです? その上、もしもお互いの体質を消しあうどころか変に刺激し合ったとんでもない体質の子が産まれたら、どうするのです?」

「うっ、そっ、それは……」

 まさか、そこまで考えていなかった、などということはないでしょうね?

「……こほん。では今までと変わらず、この悲劇的な体質を覆す策を模索する、ということで……」

「当たり前です。お話はそれだけですわね。ではわたくしは騎士様との稽古がございますので」

 締めの言葉を言い放つと、さっきまでの元気はどこへやら、お父様は意気消沈して部屋に引き揚げていった。

 ひょろ男さんと目があって、二人で乾いた笑いを漏らした。


 まったく、何が運命なものですか。運命なんてくそくらえですわ。

 この呪い、いつか解呪させてみせる。

 いっそ自分で研究して自力で解く方が早いかもしれないわね。


(了)

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